6-3 対話
「ギルド長からお話は聞いております。奥に広めの二人部屋がありますのでそちらをお使いください」
「わかりました」
受け付けから鍵を受け取り、使うように言われた部屋にアルカディアを連れて入る。
「さて、『ステータス』……盗聴の類は仕込まれてないな。これでようやく落ち着いて話せるな、転移者さん?」
話そうと思っていたことをアルカディアから切り出してくれた。
おまけに盗聴もないのも教えてくれたしこれでようやく腰据えて話せる。
「それじゃ、慣例に従って自己紹介から行こう。俺はアルカディア・ムーンライト、転移前は日向奏汰という名前だった。年は二十三、職業は小説家だった。そっちは?」
「……私はレイチェル、前世では三上悟って名前だった。職業は学生、年は十五だった」
「やっぱりお前も転移者か。というか未成年か……ま、それはいうほど関係ないかな。とりあえずこれで心置きなく話せる」
アルカディア──日向奏汰か提示したフォーマットに則り、自己紹介を交わし、互いの素性を知った。
その情報を咀嚼し、より多くの情報を引き出せるよう言葉を紡ぐ。
「男、だったんだな」
「そっちもな。やっぱり転移先の肉体に規則性はないのかなぁ……というか悟、自分が死んだみたいな言い方するんだな」
「死んだみたいな言い方って、実際死んでるだろ」
「そう、なのかもな……あ、そういえば死んだときの記憶ってあるか?」
「ある。通り魔に刺されて死んだ記憶が」
「そうか……そりゃ、死んだって思うよな。辛かっただろ」
「何がなんだかわからないうちに死んでたしいうほど辛くはなかったよ。というか、逆にそっちには死んだときの記憶がないのか?」
「ああ。俺は……いや、俺達は死んだときの記憶がない。だからその記憶を持ってるのはお前が初めてだ」
「なるほど……それでそっちは実際は死んでないって考えてるの?っていうか俺達って?」
「俺達──俺を含めた四人の転移者はこの世界に転移したときの記憶がない。それどころか自分じゃない誰かの体に入れられてる。だから自分の体は植物状態になってたり、実際は死んでないって考えてたんだ。というか帰りたいって思ったらそう考えるしか無かったんだ。お前はそう思わなかったのか?」
「私は……前世に悔いとかやり残したこととか言うほど無かったから最初の一ヶ月くらいで諦めてたかな。だからこの世界でやりたい事とか、自分に嘘つかないように生きたいって思ったんだ。だから今は三上悟としてじゃなくて、レイチェルとしてこの世界に生きてるつもり」
「そうか……」
この世界で生きるための信条をカミングアウトしながら問いに答える。
というかそれより私とアルカディア以外にあと三人も……案外いるんだな。
「ま、俺ももう帰りたいとは思ってないさ。それに、お前に死んだときの記憶があるってことは体が生きてる線はほとんどなくなったけどな」
「……なんかごめん」
「気にするな。この世界に来てから五年も帰ってないしほとんど諦めてたんだ」
「五年?」
「ああ。カウントを間違えてなければ五年だな。他の転移者も同じタイミングで転移してきてるみたいだしそいつらも五年って言ってたはずだ」
「その割にはどう見てもその体十歳は超えてるよね?」
「ん、そうだな。肉体の年齢は……十九だっけな?確か名前はリンだったはず。まあ今はアルカディア・ムーンライトの名前の方が有名だからそう名乗ってるけどな」
「え」
「ん?」
「アルカディアって名前は今日始めて聞いたけど……というか十四歳の女の子の体を乗っ取ってるってこと?」
「そうだけど……っていうかそれ前提で話してたんだが違うのか?というか何年この世界にいるんだ?」
「十五年」
「肉体年齢は?」
「十五歳」
「マジか……じゃあなんだ、この世界で人生もう一回やってんのか」
「そうなるね」
「そんな事あるのか……通りでこの世界に順応できてるわけで。不完全な転移、いや召喚?にしてもそんなこと……」
「ねえ、そっちはどんなふうに転移?したの?」
「ん〜気がついたらこの体になってたって感じだ」
「私は最初体がなくて、魂?だけで走り回ってたら赤ん坊だったこの体に吸い込まれたって感じなんだよね」
「やっぱりどこか不完全な転移だったんだろうな。でもあの術者がそんなミスするか?というかあの爺さんがもう一回術を行使できるだけの体力あるのか?……あ、今何年だ?」
「暦?確か今は英王暦1087年だったはず」
「あ〜……暦が変わってる。そりゃ俺の名前知らないわ。いや街を見た時点でおかしいとは思ってたけど……マジかぁ……」
「どういうこと?」
「二、三時間前あの場所で目覚めた時点で多分俺が居た時間より何千年も後に飛ばされてる」
「え……」
「もしかしたら何千年なんて単位じゃないかもしれない
何万年も後の世界かも……」
「……もう一回同じように転移した可能性は?」
「多分ない。今回は肉体がそのままだし他に『ステータス』が使えるほど同じシステムの世界があるとか考えたくない」
突然のカミングアウトに驚き、麻痺した脳みそで絞り出した質問に希望的観測混じりで答える。
「悟、いやレイチェル、この世界について知ってること、全部教えてくれ」
「わかった。ただ、奏汰さんも知ってること全部教えてほしい」
「もちろんだ。あと、さんは要らないぞ」
「わかった、奏汰」
「ああ。それじゃ、こういうときは俺の固有魔術を使うのがいいかな。毒も抜けて魔術も使えるようになってきたし」
「固有魔術?」
「今はそう呼んでないのか?まあそれは追々見せる。俺が理想郷映す月光って呼ばれてる理由を見せてやる」
また意味深な単語が出てきたが説明?してくれるみたいだし今は追求しないでおこう。
「それじゃ、行くぞ。固有魔術《幻想投影》」
アルカディアの魔力で部屋が埋め尽くされる。
未知の技術が、脳みその中の幻想であったはずの景色を、現実世界に影を作っていく。