5-78 九層の謎
十五年かけて培ったその全ての知識を持ってこの謎と向き合う。
そのつもりだったのに──
「何......これ......」
「何語だ?これ。見たことないぞ。見たことあるか?」
「無いな」
「私も〜」
「レイ、知らないか?......レイ?」
台座に刻まれてる文字は──十五年経っても見間違えるわけが無い。
これは......日本語......
なんでこんな場所にこの文字が?
これを刻んだのは誰だ?
これは私がこの世界に転生した事と関係があるのか?
いや、関係ないはずがない。だってこの字を知ってるということは日本の出身の人が少なくとも一人はいたっていうことだ。
だとすれば私と同じように、もしくは転生以外の方法でこの世界に来た人が──
「レイ!?どうしたんだ!?顔が真っ青だぞ!?」
マルクに肩を揺さぶられようやく現実に戻ってくる。
落ち着け......とりあえずこの文字を読まないと何も進まない。
「ごめん、もう大丈夫。多分読めるからちょっと待って」
「っ!?......わかった」
台座に刻まれた文字に視線を向ける。
『遠い異界の地より来たりし同郷の者よ、この迷宮の果てを目指す探究者よ、己の中に秘めし深淵へ踏み込まんとするならば台座に触れ、己の名を念じろ。さすれば道は開かれん』
遠い異界の地……己の中の深淵……異界の地は日本、己の中の深淵は多分転生に関係する秘密……色々ぼかしてはあるが私に関係ありそうなことばっかり書かれてるな……
「読めそうか?」
「はい。台座に触って自分の名前を念じれば良いみたいです」
「それだけでいいのか?前に触ったことがあるんだが、ほら」
カイさんが台座に触るのと同時に床に青色の模様が、魔法陣が浮かび上がる。
「こうなるだけなんだよ。ちなみに名前を念じてみたが効果なしだ」
「なるほど……マルク、試しにやってみて」
「わかった」
今度はマルクが台座に触れる。
すると床は青色ではなく茶色の模様が浮かび上がる。
「カイさん、もしかして先天属性は水ですか?」
「そうだ。この模様が先天属性に関係した色で浮かび上がるのはわかってるんだがそこから先が分かんねぇんだよな。名前を念じるやつも効果なかったしよ」
やっぱり先天属性の色か……じゃあ、その先天属性を二つ持つ私が触ったらどうなる?
さっきの文言といい明らかに私に向けてのメッセージばかりだ。
己の中の深淵……転生の秘密を知りたければ扉を開けという意思をひしひしと感じる。
なら……行くしかない。
転生の情報だけじゃない、この迷宮のこと、このメッセージを刻んだ人のこと、色々知りたいことばかりだ。
ここで立ち止まっても何も進まない。
何よりも、こんなところで終われない。
九層の謎を解くと息巻いてこんな所まで来て、合同探索までしてもらって、こんなもの見せられて、引き下がれるわけがない。
行こう。
「……少し下がっててください」
「……?わかった」
私以外の七人は台座から離れ、私の一挙手一投足をまじまじと見つめてくる。
その視線の中、台座に触れ、赤と水色の二色の魔法陣が浮かび上がり、その陣の中心でレイチェルという名前を念じる。
目をつむり、十秒ほど念じる──が、何も起こらない。
ちょっと予想外だった。
多分、みんなも何も起きないのかと思ってるだろう。
けど、私はまだ心当たりがあった。
名前だ。
私は前世と今世で名前を二つ持ってる。
つまりこれは前世の名前を念じろっていう意味だったんだろう。
改めて台座に触れ、三上悟という名前を念じる。
変化を感じるのに、時間は要らなかった。
規定の手順を踏んだその瞬間に地響きのような音が鳴り、眼の前の床から階段が現れる。
「おお……!レイチェル!よくやった!これ多分十層に続いてる階段だろ?これで進める……!なあ!早速行こうぜ!」
未知の階層へ続く道を前に興奮したカイさんに肩を揺さぶられる。
「ちょっと待ってください、索敵だけします。《空間把握・二重展開》」
未知の十層に向けて魔力を流し込んでいく。
私だってこの先に何があるのか気になる。
けど、それと同じくらい警戒心もある。
この先に潜んでいる情報は私個人に深く関係がある……というか明らかに私に向けてのメッセージだったし確実に私に向けての何かがあるはずだ。
それに、みんなを巻き込みたくない。
だから、最大限安全を確保してから行きたかったんだけど……これまでと同じように階層を超えては魔力が通らない。
大人しく進むしかないみたいだ。
「すいません、やっぱり何も視えませんでした」
「まあ仕方ない。それじゃ俺とベン、レイチェル、マルクを先頭に進もう」
その言葉に神妙な顔つきで無言で頷き、前に進んでいく。
これまでと同じように四十段ほどの階段を降り、十層にたどり着く。
目に飛び込む景色は六層の荒れた通路でもなく、九層の水浸しの回廊でもなく、ただただ殺風景な大広間。
ただ、完全に何もないわけじゃなく、大広間の中心に赤く輝く一つの魔石が浮かんでいた。
「何だあれ?魔石か?」
「多分……でも、何か……」
何か違う、そう言おうとしたその時、魔石を中心に大量の魔力が渦巻き始める。
「っ……!?戦闘準備!」
カイさんから号令がかかるが、それよりも前に全員武器を手にし、その魔石に視線を向けていた。
魔石を取り巻く魔力は次第に等身大に大きくなり、人の形へ纏まり、私と同じくらいの身長の、黒髪赤目、黒い男物の燕尾服に身を包んだ少女が形成される。
緊張感が高まる中、その少女は閉じていた目を開く。
「ん……ここは……何処だ?……記憶が曖昧だ……それに……なんだこの情報……『ステータス』……」
独り言を呟き、魔術を用いて状況を整理する眼の前の少女に向かってカイさんが問いを投げかける。
「誰だお前は!ここで何をしている!」
槍の穂先を向け、至極真っ当な質問を投げかける。
「ん……転移者も居る……?」
「答えろ!お前は誰で何をしている!」
今凄い気になるワードが聞こえたが口を挟める空気感じゃないので一旦置いておく。
後で問い正そう。
「え、ああ……」
ここでようやく状況を理解したのか段々表情が引きつっていき、問いに答える。
「ええっと、私はアルカディア・ムーンライト、初対面でこんな状況でこんなこと言うのはアレだけどさ──」
一拍置いて言葉を紡ぐ。
「助けてくれないかな……?」
両手を挙げ、引きつった笑みで、目の前の少女はそう答えた。