5-76 二パーティー合同探索、第九階層探索開始
「アーノルド!」
「はい!《金剛体躯》!」
カイさんの声に応えてアーノルドさんが魔術を行使し、神聖属性特有の優しく、眩しい光とともにこの場の全員に神聖属性の強化魔術がかかる。
かなり強力な術らしく自然と刀を握る手に力が入る。
そしてこれも神聖属性特有の感覚なんだろうが無属性や血属性の身体強化と違って力が強くなるだけじゃなく、なんというか、体の調子がよくなる。
体が思い通りに動くし、想定以上に理想通りに体が動く。
無属性と血属性の強化魔術を併用してる私にとっては特に効果てきめんだったらしい。
「お、おおっ?」
魔力放出を使おうと思ったのに使う前に刀の刃がするりと狼の首を裂き、落としてしまう。
「ははっ!なんだいレイチェルあんた、見かけによらず剛力の持ち主かい?」
「いえ......多分アーノルドさんの強化魔術のおかげだと思います」
「私ですか?そこまで強いものをかけた覚えはないんですが......」
「多分お前だけだぞそんなに強化されてるのは──っと、おらァ!」
黒死狼の攻撃を捌き、その数を減らしながら言葉を交わす。
「これで最後ッ!」
カイさんが最後の一匹にとどめを刺し、その魔石を回収する。
「ふぅ、これで一段落っと。んで、なんでレイチェルだけそんな強化されてるんだ?アーノルド、心当たりは?」
「いえ。私はいつもどおりの強化魔術をかけただけなので……あ、もしかしてレイチェルさん私がかけたものの他に身体強化を使ってますか?」
「はい、二種類ほど」
「あ〜……それが原因かもしれませんね。二種類までは見たことありますが三種類同時となると私も見たことないですね……思わぬ相乗効果を生んでるのかもしれません。ただまあ見たところ身体に異常はきたしてないみたいし大丈夫だと思いますよ」
「そうですか……ありがとうございます」
確か強化魔術の重ねがけが加算なのか、乗算なのか、はたまた違う法則で効果を発揮してるのかはまだ解明されてなかったはずだ。
とても興味深い現象だけど……今はただありがたい現象と捉えておこう。
「ふ〜ん……まあなんにせよ頼れる仲間がもっと頼れるようになったってだけだろ?いいじゃねぇかこっから先楽になるぜ?」
「えぇ……」
単純な強化になってるという点には賛成するがそう期待されるとな……
「ほら、こっから先まだまだ長いんだからさっさと行こうぜ」
カイさんに促されるままにパーティー全体が歩き出し、九層へ向けて最短、最速の道を突き進む。
あれから足を進めること一時間ほど──
「いやぁまさかこうも楽に来れるとは……レイチェル、こういう魔道具作って売ってみないか?きっと飛ぶように売れるぜ?俺達も欲しいし」
手に持った魔導榴弾を見ながらそう勧められる。
「作るのは構いませんけどお金は別に要らないですし私が迷宮に潜る時間がなくなりそうなので嫌です」
「俺達もレイが迷宮探索に参加できなくなるのは困るし、絶対利権の話と兵器転用の話で雁字搦めにされるんで止めさせてもらいますよ」
マルクが貴族としての観点から助け舟を出してくれる。
個人的な譲渡はまだしも商品化して量産とか面倒くさいし、マルクの言う通り色んな話が飛び込んできてもっと面倒くさくなるに違いない。
それにこんな未完成な品を販売とか私のプライドが許さない。
「というかそんな未完成品でいいならいくらでもあげますよ」
「いいのか!?いくらだ?」
「お金はいりません。その代わりこの事は口外しないでください。マルクが言ったみたいな事になるのは面倒なので」
「その程度でいいのか?」
「いいです。というかそれが一番大事なので。それにお金目的で作ったわけじゃないので。迷宮探索に役立ててください」
「すまんな、助かるぜ」
「いえ、こちらこそ色々手助けしてもらったので気にしないでください」
今にも財布に伸びていきそうな手を止めながら鉄球を押し付ける。
色々お世話になった人からこんな試作品押し付けてお金貰えるわけないだろ……
「それじゃ、これはありがたく受け取っとくぜ──っと見えたな」
「あれが九層に降りる階段ですか?」
「ああ。気をつけろよ、下は水浸しだ」
「水浸し?」
「九層は水の精霊、水精霊が出るのよ。ここまでで出た精霊は全部何かの中に寄生してたでしょ?」
「そうですね、風精霊は黒死狼、火精霊は透光蜥蜴、地精霊は甲冑虫でしたね」
「そうね。それで今度の水精霊の入れ物なんだけど……」
「そこらへんの水そのものなんです」
「ああ。だからそこら中から攻撃が飛んでくる。これが九層の謎が一向に解けない理由の一つだ。これのせいで腰据えて謎と向き合う時間がない」
「なるほど……」
「ってわけで、戦える上で知識のあるお前らの出番だ。その為に今回は合同で探索に来たわけだしな」
「できる限りのことはします」
「俺はそういうの苦手なんでレイに任せます」
「俺も」
「私も〜」
「お、お前ら……ま、まあ何も一発で解決してくれなんて言わねぇ。緊張せず、落ち着いていこう」
「はい……」
カイさんのフォローが沁みる。
そりゃ研究分野で私が一番強いのは分かってたことだけどここにきて全部放り出されるとは……
「よし!それじゃ、全員行けるな!」
「応とも!」
「行けますよ」
「……ああ」
「行けます」
「いつでも行けます」
「平気です」
「行けます!」
「それじゃ──行くぞ!」
全員が前進に賛同し、カイさんの号令で歩き出す。
二パーティー合同探索チーム、八人が人類の到達した最深層へと、足を踏み出す。