2-5 最初の授業
「ん…」
村に居た頃からの習慣で毎朝同じ時間に目が覚める。
枕元に置いておいた懐中時計を見るとまだ六時半だ。
普段なら本を読んだり魔術の練習をしたりするのだが本は借り物だったし室内で、しかも他に人がいる状況で魔術を使う気にはなれない。
早く起きたは良いけどやること無いな。
とりあえず顔洗って着替えとくか。
スキンケアも村にいた頃からの──というより前世からの習慣だ。
私はタオルを持って洗面所に行く。
蛇口を捻り、水を出す。
この蛇口にも魔法陣が刻まれてるってことはこっちでもお湯が出るんだろう。
少しだけ魔力を流し込みぬるま湯になるよう調整する。
この2年で魔力の扱いも上手くなったものだ。
石鹸を泡立て顔の汚れを落とす。
「ふぅ」
洗い終わった顔をタオルで拭く。
眠気も飛んでいい気分だ。
タオルはカゴに放り込み着替えを取りに戻る。
「おはよう」
「…おはよう。もしかして起こした?」
「いや、いつもこれぐらいの時間に起きるんだ。俺も顔洗ってくる」
どうやら起こした訳じゃ無さそうだ。
…まあヒナはまだ爆睡してるけど。
マルクが洗面所に行ったタイミングでダンスから制服を取り出し着替える。
朝食は食堂で食べるからまあ普通に考えて制服がいいだろう。
着替え終え寝巻きをタンスにしまう。
時間を確認するとまだ七時にもなってない。
しかし朝食を食べる時間を考えればそろそろ起きたほうが良い時間だ。
……ヒナって自分で起きるのかな。
「ねえ、マルク」
「ん、どうした?」
「ヒナ起こした方がいいかな」
「あ〜、起こしたほうがいいかもな。自分で起きれるか分かんないしそろそろ起きないと朝食に間にあわないかも」
「じゃあ起こそうか」
マルクとも意見が一致した。
まあ方や貴族出身でいろいろ叩き込まれた子供、方や実質二十年生きてる子供だ。
比べちゃいけない。それに5歳ならこういうものだろう。
「ヒナ、そろそろ起きて」
「…ん」
体を軽く揺さぶりながら声を掛ける。
起きたか?
駄目だ二度寝した。
「ヒナ、起きて」
今度はもう少し強く揺さぶる。
「……おはよう」
「おはよう」
今度はちゃんと起きたな。まだ寝ぼけてそうだけど。
「そろそろご飯食べに行くから着替えて」
「…わかった」
そういうとのそのそとベットから出て準備を始める。
だいたい5分後、そろそろ七時になろうとしたところでヒナの準備が終わった。
「じゃあ行こうか」
「うん」
「そうだな、じゃあ鍵は俺が持っとく。教室に行くときに鍵掛けに掛けとく」
そういうとマルクが鍵をかけ部屋を後にする。
朝食を食べ終え一度部屋に戻ったところだ。
朝食を食べるときミシェルから「今日は最初の授業だから外でオリエンテーションをします。なので体操服を持ってきてください」という連絡があったので袋に──前世でいうところのナップザックに体操服を詰める。
「じゃあ鍵閉めるからな。二人共忘れ物はないな」
「大丈夫」
「ないよ!」
マルクが鍵を閉め三人で教室に向かう──のだが途中で私とヒナは更衣室に寄るので途中から別行動だ。
8時、三人とも体操服で着席完了だ。
今回もしっかり十分前、完璧だ。
しかし体操服がブルマじゃなくてよかった。
あんなの履きたくない。
「おはようございます。三人とも早いですね。それじゃあホームルームを始めようと思ったのですが、伝えなきゃいけないことは朝だいたい伝えたのでもう運動場に行きましょうか」
四人で下駄箱から運動場に移動する。
紙が貴重だからか座学はあまりやらず実践することが多いため運動場はいくつもある。
今回はその中でも校舎から少し離れた一番広いところらしい。
だいたい歩いて十分ほどで到着した。
「それじゃあ今日のオリエンテーションについて説明します。といってもやってもらうことは簡単で、鬼ごっこをしてもらいます。ただそれだけじゃつまらないので魔術を使って相手を捕まえてもらいます。ただ、相手を捕まえるのはアリですが、怪我させるために攻撃するのは駄目です。もし怪我したときは先生が治癒魔術をかけるので全力で相手を捕まえてください」
なるほど、魔術を交えた鬼ごっこか。
魔術の練習にはちょうどいいかもしれない。
「それじゃあ鬼を決めてください」
「じゃあ、いくよ」
こういう時どうやって決めるかは古今東西決まっている。
「「「最初はグー」」」
「「「じゃんけんポン」」」
私とヒナはパー、マルクがグー。
鬼はマルクだ。
「じゃあ10秒数えるから、いくぞ」
マルクが10秒数え始めた。
何か魔術を使って距離をとってもいいのだがマルクがどんな手を使ってくるか分からないしまだ魔力は温存しとこう。
マルクが10秒数え終わった。
「いくぞ、《土壁》!」
開始早々魔術を使ってきたか、何が起こる!?
振り返り身構える私たちを他所に魔術は私たちの後ろで発動する。
土の壁が私たちの進行方向を囲うように出現した。
これじゃあマルクがいる方向にした逃げられない。
なるほど逃げ道をなくす作戦か。
じゃあ取れる手は
「『氷造形』《梯子》」
氷を梯子の形で出しマルクが出した壁を乗り越える。
乗り越えたあとは梯子を還元して消す。
こうすればマルクは追いかけてこれないしヒナは同じ方向に逃げれない。
さて、降りる方法だが
「『氷造形』《滑り台》」
斜めに楕円形の氷の板を出しその上を滑り降りる。
あとはこれも同じように還元する。
2年の練習で魔術の自由度とクオリティが高まったことを実感する。
さて、まだヒナが壁の中にいる間に距離をとろう──と思ったのだが走り出してすぐに壁が消えた。
消えたと思ったら新しい壁ができてその上をマルクが走ってる。
ということはヒナが鬼か。
マルクはヒナが壁を超える手段がないと踏んで高低差をつけて逃げるつもりかな。
ということは次に追われるのは
「まて〜、レイチェルちゃん!」
「嫌です、《氷壁》」
マルクと同じように壁を作る。
しかし今度の壁は進行方向を塞ぐ壁じゃない。
ヒナを完全に囲い込んで閉じ込めるための壁だ。
ヒナが壁を超える手段を持ってないならこれで安全だ。
安全なはずだった。
ヒナが魔術を行使したのだ。
壁は越えられない──越えられないはずだったのだ。
だからヒナは壁を壊した。いや溶かした。
分厚い氷の壁が一瞬で溶けた。
おかしい、あまりにも破られるのが早すぎる。あの厚さを溶かしきる魔術を発動させるならもっと時間がかかっても良いはずだ。
つまりヒナは
圧倒的に火力の高い火属性の先天属性をもっている。