5-64 転術
「『燃え盛る炎』『炎王の吐息は』『共鳴する』」
「『吹き荒ぶ嵐』『風王の息吹は』『共鳴する』」
これを唱えたのはもう五年も前か……
こんなところで使うと思ってなかったが備えあって憂いなし、切り札は持っておくに越したことはないな。
惜しむことなく魔力を注ぎ込み、ヒナと私の間で一つの魔術を紡ぎ上げる。
この術は発動に少し時間がかかる。
だから強力な分隙を晒すのは仕方ないと割り切り作戦を立てていた。
その作戦の通り私とヒナを守るようにマルクが構えているが……不気味なまでに相手は動かない。
よほど強力な術を構築してるな……これは本格的に撃たせたらまずいやつだ。
けど、攻撃してこないならそれはそれで好都合。こっちは心置きなく、最善最高の術式を構築できる。
これを作ってから五年が経ち、その分鍛錬を重ねた。
腕を磨き、魔術と向き合い、積み上げ続けた現時点の答えを、いつかの焼き直しのように放つ。
「「共術《炎嵐共域》!!」」
あの時より高温かつ、濃密な魔力が場を支配し、迷宮ごと灼いていく。
《空間把握》で観測し続けていた精霊の反応が瞬く間に消えていき、ギリギリ残ってる体も、魔力反応も三秒後には灰に変わるようなレベルの反応だ。
けど、現実はそうじゃなかった。
「──《幻想大森の嵐》」
燃えカスのような体から、声帯を持たないはずの精霊の声が、この灼熱の嵐の中でもはっきりと聞こえた。
唱えられたのは、奇しくも同じ嵐の名を持つ魔術。
業火の中から突風が……いや、あまりの高密度の魔力によって真空となった嵐が吹き荒び《炎嵐共域》を押し返し始める。
酸素がなければ火は燃えない、その性質はこの世界でも変わらない。
真空の刃の嵐が奔るたびに炎が切り裂かれ、少しずつ押されていく。
まさかここまでの術式を組んでいたとは……二匹同時ってのもあるけどちょっと思ったより強かったな。
けど、これくらいならまだ押し切れる。
「ヒナ!」
「うん!」
言葉を交わす時間はない。だから、伝えたいことを全部込めて名前を呼ぶ。
同時に、コンマ一秒のズレもなく同量の魔力を追加で注ぎ込み、炎の色は赤から青へ変化する。
「「転術《蒼炎延域》!!」」
この五年で作り出した新しい術、既に発動した術式を利用し、新たな魔術へ派生する転術。
精霊の放った嵐を、真空の魔術を掻き消し蒼い炎で上書きしていく。
「はぁ──はぁ──ど、どう……?」
「っ──やったぞ!」
「はぁ……よかったぁ……」
マルクが翡翠色の魔石を三つ拾い集め、見せてくれる。
それは、紛れもなく勝ったという証拠。
それを見て全身から力が抜ける。
崩れ落ちそうになる私たちをベインが私を、マルクがヒナを支える。
「お疲れ様」
「ありがとう……また色々考えないとね」
「ああ。だからこんなところで倒れられたら困る。せめて地上までは起きててくれ」
「うん。ちょっと待ってね……あった。マルク、これヒナに飲ませて」
魔術薬を手渡し、最低限動けるだけの体力と魔力を回復させる。
「ん……ごめん開けられない」
「貸せ……ほら」
「ありがとう」
瓶の蓋も開けられないほど弱ってるとは……
わかってはいたことだが余りにも消耗が大きい。
魔力のほとんどを使うせいで魔力欠乏症の症状が抑えられないくらい出る。
ほんっと気持ち悪い……
そんな吐き気を我慢して瓶の中身を胃の中に流し込んでいく。
「……はぁ……ありがとう。ヒナ、大丈夫?」
「うぇ……水頂戴」
「あ、そうだった……はい」
「ありがと……」
渡した水筒の中身を全部飲み干し、口の中をリセットしていく。
「動ける?」
「うん、もう大丈夫」
「それじゃ帰ろっか」
「だな」
「ああ」
魔術薬で満身創痍の状態を誤魔化し、肩を借りながら歩き出す。
天風狼と精霊種の関係や精霊種の対策とか色々考えなきゃいけないことは増えた。
けど、今はこの勝った興奮と余韻が、ただただ気持ちよかった。