5-62 天風狼
前回と同数、三匹の咆哮が七層に響き渡る。
その音が広がると同時に風の塊が襲いかかってくる。
ただ、その動きは予想通り。対策済みだ。
「『暴虐の一矢』『嵐の王の怒りの具現』!『命滅ぼす破壊の大嵐』!《広域・破壊風砲》!」
本来二節のはずの詠唱にもう一節付け加え、魔力を大量に詰め込んだ風が吹き荒ぶ。
作戦通りベインが魔術を放つ。
「行け!」
「ありがとう!」
「そう何度も使えない!早めに倒せよ!」
「わかってる!行くよ!」
「ああ!」
「了解!」
ベインの風が吹いてるうちに駆け出す。
これはベインが魔術を使えるうちにとどめを刺す必要がある、いわば最速撃破前提の作戦。
だから、さっさとケリをつける!
「《氷結拘束》!」
氷の茨が翠緑の狼の体を縛り付ける。
前回の探索で身体能力が高くないのはわかってる。
だから上の層ではすぐに抜け出されたこの程度の魔術でも十分妨害できるはずだ。
「《岩石砲》!」
「《緋炎剣》!」
私が拘束すること前提で動いていた二人の魔術が、氷の茨で縛り付けたのと同時に天風狼に降りかかる。
それを見た三匹は危険なものということを理解したのだろう。
咄嗟に口を開け、咆哮を放とうとするが──
「──《広域・破壊風砲》!」
ベインの魔術によって掻き消される。
頼りにしていた防御手段を失った狼二匹は対応できず、そのまま首を焼き切られ、胴体を潰される。
残りは一匹……だが、ここで茨の耐久力に限界が来た。
私の魔術は砕かれ、最後の天風狼は身体の自由を取り戻す。
「グウゥゥゥ──アァァアア!!」
咆哮とともに風属性の、翠緑色の魔力が狼の体を駆け巡る。
「はや──」
急に風の魔力が体内を巡り、翠緑の残像を残し、乱反射のように四方八方を走り出す。
その標的は宙に浮き、私たちから離れていたヒナ。
そしてそれを察知できたのは《空間把握》を使える私とマルク、そしてそれに対応できるのは攻撃に参加していなかった私だけ。
「《空間歪曲・圧縮跳躍》!ぐっ──」
空間属性の奥義を使い、天風狼とヒナの間に体をねじ込み刀と指輪の魔術壁で攻撃を受け止める。
想定してた使い方じゃなかったし、速度が乗っててかなり重たい攻撃だったが、元の身体能力が低いのが幸いしたな。
「っ──ごめん!」
「レイ!?くっ、ベイン!」
「やってる!けど無理だ!あれは体内で発動してる、外から風を当てるだけじゃ掻き消せない!」
ワンテンポ遅れて三人が反応するが──
「っ……早すぎる!躱せはするが……俺じゃ攻撃を当てられない!ヒナ!」
「わかってる!けど早すぎて目で追えない……」
ベインは不得意な魔術の構築で動けず、二人はあのスピードに対抗する術を持ってない。
なら──
「私がなんとかする!《霜獄の領域》!」
冷気を放出し、氷属性の魔力で空間を満たしていく。
「そういう事か!《水球》!使え!」
「ありがとう!」
こっちの意図を汲んで氷の元になる水を出してくれた。
ありがたい限りだ。
マルクがばら撒いてくれた水気を使って狼を凍らせていく。
動き回ってるから多少時間はかかるだろう。
けど、それでも少しずつ凍っていってる。
毛先から少しずつ凍っていき、目に見えて速度が落ちる。
もはや残像を残すほどの速度はなく、全員が目で捉えられる速度だろう。
だから、次に頼るのは──
「グウゥアァァアア──!!」
魔力の乗った咆哮が響く。
しかしそれは──
「《広域・破壊風砲》!」
後ろに引いてたベインが相殺してくれる。
不慣れって言ってたけど十分すぎる活躍だ。ありがたい。
「《空間歪曲・圧縮跳躍》!!」
頼みの魔術を掻き消され、隙を晒した狼の頭上に跳躍する。
「はぁぁああああ!!」
無詠唱で《氷結拘束》を出しつつ魔力と共に刀を振り切る。
鈍い音を立て、狼の首が落ちる。
「はぁ──これで……」
振り返り、これで終わりだねと、そう言おうとした瞬間──
「レイ!離れろ!」
「っ──!?」
怒号が響く。
同時に《空間把握》でも反応を拾う。
魔力のようで、魔力じゃない何かが佇んでいる。
咄嗟に距離をとってよかった。これで本格的にやばくなったら撤退という選択肢を取れる。
「っ──これは、精霊種……?」
半透明の緑色で、子どもほどの大きさの精霊が佇んでいた。