5-45 同業者
「なんとかここまで来れたね……」
五層へ降りる階段の前で足を止めて息を整え、魔術薬を飲む。
「何体倒した……?」
「えっと……魔石数える限り合計二十八体かな?」
「ほとんどが透光蜥蜴だったな……」
「《空間把握》で見てても明らかに挙動がおかしくなってたし、もしかしたら仲間を引き寄せる習性とかあるのかも……」
「だったら面倒すぎる……足も速くて肉眼で見えなくて、その上で仲間を呼び寄せるとかまともにやってたら数で押し負ける……」
「単体で見たら弱いのが救いだね……足は速いし皮膚も硬いけど攻撃力は無いから一対一なら時間はかかっても負ける要素がない。けど……」
「時間をかければ仲間が増える……ほんっと面倒臭いね……」
生存戦略なんだろうが……面倒臭すぎる。
その上魔石もそこまで高く売れない。はっきり言って相手するだけマイナスだ。
この先の五層にも居るらしいし、これまでの傾向を考えればもっと強くなってるはずだ。
五層以降は最大手の『アンブロシア』が制限をかけてるのもあって情報が少ない。
いや、ほかの探索者が持ち帰った情報は無くはないが信憑性に欠ける。
そういう事もあって五層以降に出現する魔物や罠の情報が少ない。
ただ毒を持ってる魔物が居るのは分かってる。
一応解毒用の魔術薬は持ってるがどの魔物が毒を持ってるのかまでは分からない。
こまめに『ステータス』で状態を確認しないとな。
「よし、じゃあそろそろ行こう。ただここから引き返すのも考えたらそこまで進めないと思う」
「だな。ただ、できれば一戦交えて情報を集めたいが……」
「近くに居たら戦ってみよう。ただどんな魔物がいるか分からないからそこは気をつけて、臨機応変に行こう」
「わかった」
「了解」
「了解!」
打ち合わせを済ませ、階段を下る。
そして目に飛び込んでくる情報は──
「なんか、荒廃してるね……」
「ああ。今までの迷宮とは色々違うな」
床のタイルはひび割れ、壁にいたっては一部崩れ落ちて土が見えてる。
《空間把握》で視た感じ他の場所も同じようにしなる荒廃してるし、きっちり罠は仕掛けられてるから最初からこうだったんだろう。
「……よし、周りには何もなさそうだね。進んでみようか」
「わかった。ただ足場が悪くなってるから足元には気をつけろよ。ヒナは……頭上でも気にしてろ」
「なんか酷くない!?」
「まあ実際崩れやすくはなってるだろうしさ……崩れるかは知らないけど」
実際壁が崩れての落石は可能性あるし気をつけて損はない……はず。
しかしほんとに足場悪いな……本気で踏み込んだりでもしたら瓦礫が崩れて転びかねない。
戦うときは一工夫要るな。
「マルク、ちょっと相談なんだけどさ、戦うときに──」
「──わかった、それくらいならできる。任せてくれ」
「ありがとう」
「いや、これで一番恩恵を受けるの前衛の俺達だし──レイ」
「うん。こっちに近づいて来てる集団がいるね。多分同業者だけど……」
「ああ。その後ろから滅茶苦茶な足音が聞こえる。魔物を引き連れてくるぞ」
「負傷者もいるみたいだし助けようか」
「わかった」
「了解」
「了解!」
「よし……来るよ。3、2、1──」
私のカウントダウンと同時に曲がり角から五人の冒険者が飛び出してくる。
《空間把握》で視た通り血を流してる。
早急に四層まで撤退して治療しよう。
「手助けします!そのまま走ってください!」
「は!?す、すまない!助かる!ただあんたらも早く逃げたほうがいい!大量に引き連れてきちまった!」
「わかってます!足止めするだけです!マルク、さっきのやつ出してあげて!」
「わかった!《石段道》!」
マルクの魔術によって瓦礫だらけ、ひび割れたタイルで不安定な足場が上塗りされ、きれいに整えられた道になる。
「す、すまない!助かる!」
「気にしないでください!それより走って!《氷壁》!」
「《土壁》!」
氷と土で通路を塞ぎ、迫りくる魔物の足を止める。
《空間把握》で視た感じ透光蜥蜴と同種の魔物に見えたが……肉眼で見えたから種類は違うだろうし、五層ということもあってより強くなってるはずだ。
だったらこんな壁すぐに壊される。さっさと私たちも逃げるのが吉だ。
「私たちも下がるよ!走って!」
「わかった!」
「了解!」
「了解!」
二重の壁で稼いだ時間を使って私たちも後退する。
さすがにこの数はまともに戦ってられない。
そして、走り出したタイミングで《空間把握》が一つの情報を拾う。
逆側の通路、目指している階段の近くの通路から二匹の魔物がこっちに向かって走ってきてる。
そして、私たちに向かって走ってきてるということはその途中に私たちが手助けしたパーティーがいるということ。
そして、すでにかなり負傷していてその増援に対応できないことも分かる。
「くっ──《空間歪曲・圧縮跳躍》!」
空間属性の一つの奥義、空間を圧縮することによる高速跳躍によって距離を詰め、前方のパーティーを追い越す。
「下がって!《氷結拘束》!はぁぁあっ!」
二匹の蜥蜴を縛り付け、魔力と共に刀を振り抜く。
肉を裂く音と共に首を落とす。
「危ない!」
しかし、それと同時に拘束を破壊し、その本来無いはずの爪を使って襲いかかってくる。
その一挙手一投足は視えてる──が、対応できない。
単純に身体能力が足りない、刀を振り抜いた後で姿勢が悪い、予想以上に拘束から逃れるのが早かった。
そんないろんな要因を重ねた末──
「つぅっ──!はぁぁぁあ!」
左腕で爪を止め、その隙に刀を振り抜いてその胴を両断する。
「大丈夫か!?」
「大丈夫です……それより早く行きましょう」
「あ、ああ……」
魔術で軽く止血だけして走るよう促す。
幸い素直に聞いてくれ、階段に向かって走り出す。
なんとか守れた。結果的には私たちの勝ちだ。
けど、左腕に奔る痛みは消えない。
私たちが迷宮探索を始めてから、始めて血が流れた。