2-1 旅立ち
遂にこの日がやってきた。
今日は私の誕生日──そして、生まれ育ったこの村から離れて『魔術都市ヴェルグル』の『魔術学院ランドラ』に旅立つ日だ。
「本当に行っちゃうのね」
「うん。決めたことだから。でも手紙くらいは出すよ」
「そうね。学院の寮に着く頃に届くようにこっちからも手紙を出すからね」
「ありがとう」
「ああ、それと俺達からの誕生日プレゼントだ」
ルークから小さな箱を手渡される。
俺達、ということはローラと一緒に選んでくれたのか?
期待を胸に箱を開ける。
中に入っていたのは小さな宝石が嵌った指輪だった。
「ふふ、その指輪、お母さんとお父さんの合作なのよ」
なるほど俺達でって言うのは一緒に作ったって事か。
「それはお母さんが魔術を刻んだ指輪なんだ。効果は解毒と治癒。レイチェルを護る指輪だ」
「……ありがとう…!」
流れそうになる涙を堪える。
ああ…二人は本当に私のことを思って作ってくれたのだろう。
危険な仕事を目指した私のことを心配してくれたのだ。
前世の記憶があるとかそんなことは関係ない。
二人は本当に私の両親だったのだ。
ああ…今にも涙が零れそうだ。
泣き出さないうちに出発しよう。
「本当にありがとう。じゃあ…行ってくるね」
「うん…行ってらっしゃい…」
「ああ、頑張ってこいよ…」
『魔術学院ランドラ』の制服に身を包み、玄関から踏み出し、生まれ育った家から旅立つ。
この日のために呼んだ『魔術都市ヴェルグル』に止まらずに行ってくれる貸し切りの特急馬車に乗り込む。
ああ、本当に寂しいものだ。
しかしここで立ち止まるわけにはいかない。
前世でできなかった自分の夢を追いかけるということをここまで来て諦めることはできないし、したくない。
それに学院を卒業できたらお金を貯めて同じように馬車を使って帰省すればいい。
そうだ。戻ってこようと思えばいつでも戻って来れるのだ。
恐れる必要はない。
それより楽しもうじゃないか。せっかくの第二の人生だ。不安で心を曇らせるなんて勿体ない。
「それじゃあ出発しますよ」
「はい、お願いします」
そうして一抹の不安と大量の希望を胸に故郷を旅立った。
さて、早速問題発生だ。
いや宿で一泊してちゃんと学院にはたどり着けましたとも。
ちゃんと入学式にも出席できた。
何にそんな困ってるかというと望んだクラスに行けるかどうかには試験があったのだ。
それ自体は別段おかしい訳じゃない。
それに私が入りたいクラスは戦魔術師を目指す者が入る『戦魔術師クラス』だ。
上級職業を目指すのは簡単な道じゃない。
それを目指すのだからテストの一つくらいあるのは予想してたけどもよ。
実技テストとか無理だって。
人前で魔術使ったこと無いから今私がどれくらいの魔術の腕なのか分からないのが怖い。
しかし、しかしだ。こんなところで止まれない、この試験、落ちる訳には行かない!
「次!132番!レイチェル!」
「っ、はい!」
テストは別室──というか中庭みたいな場所で行うらしい。試験の内容が他の生徒にバレれば不公平を生むからだろう。
「では、試験内容を伝える。1つ目は私が指示した魔術を発動させろ。2つ目にあの魔道具に触れて《筋力》と《体力》のレベルが両方とも7以上であることを示せ。ちなみに表示されるのはその2つのステータスだけだ。安心して触れ。そして3つ目に先天属性を用いて今使える中で一番火力の高い魔術を発動させろ」
「分かりました」
1つ目は…多分大丈夫だろう。主な魔術は一通り身につけてある。
2つ目は多分体力テストの代わりなんだろう。一人ひとり走らせるような時間はないからな。
3つ目は…大丈夫だろうか…。いや火力に不安があるわけではない。|果たしてこの魔術はこの中庭で出していい魔術なのだろうか。
それだけが心配だ。
「では1つ目を始める。防御魔術を発動させて私の攻撃を防げ」
「分かりました。『魔術壁』!」
魔術壁、私が初めて発動させた魔術だ。しかしあの時とは違う。枚数も厚さも段違いだ。
「ほう、ではいくぞ」
「はい!」
「『石礫』!」
試験官の魔術が飛んでくる。手のひらサイズの石の塊をいくつも飛ばしてきている。
もしあたっても怪我させないようにという配慮があるのだろうが正直余裕だ。
「そのまま維持しろ。もう少し強めにいくぞ、『岩石砲』!」
こんどは拳大の石が比べ物にならないほどのスピードで飛んできた。
しかしこれくらいなら!
私は魔力を込め術を補強する。
ガキンッという鈍い音ともに岩石は地面に落ちる。
なんとか防ぎきった。
「よろしい、1つ目は合格だ」
「ありがとうございます」
「次に、あの魔道具に触れろ。数値が足りていれば合格だ」
「分かりました」
私は恐る恐る魔道具に触れる。
ステータスと同じように文字の羅列が浮かぶ。しかしステータスとは違い他人にも見える仕組みのようだ。
表示された数字は7と9。
ギリギリだが合格ラインだ。
「2つ目も合格だ。では3つ目の試験を行う。なにかあったら私が遠隔で魔術壁を発動させる。安心して術を撃て」
「はい!」
目を閉じ、魔力の流れを感じ、集中する。
いつもと変わらない。落ち着いて発動させろ。
イメージするのは巨大な隕石。
陣を描け!魔力を流せ!この場のすべてをぶち壊すつもりでいけ!
「『水よ』!『我が意に応えろ』!《水球》!」
ここで発動させたのは水属性魔術だ。
「お前の先天属性は申請では氷のはずだが…」
「いいえ!ここからです!」
私は巨大な水球を天高く打ち上げる。
さあ!ここからだ!
「『凍れ』!」
最初の詠唱で水球を凍らせる。
「『氷塊よ』!『その力を持ってすべてを破潰しろ』!」
これが今の私の全力、出せるだけの最高火力だ!
叩きつける!
「『彗星』!」
その氷塊は、重力に従い落下する。
そう、水魔術を介すことでより大きく作り出した巨大な氷塊を用いた質量攻撃だ。
「これは──まずい!『我に降りかかる厄災を防げ』!多重展開!《魔術壁》!」
さすがに危ないからか試験官が止めに入った。
しかし勢い付いた彗星を魔術壁で止められるのかと思ったがその心配は要らなかった。
試験管は何枚も破られる前提で展開し、勢いを削いで一番分厚い最後の一枚で止めてみせた。
「っ…はあ!君は一体どこでこんな魔術を学んだんだ!?」
「い、いや、独学で…」
「……いいだろう合格だ」
「あ、ありがとうございました…」
なんとか合格を勝ち取ったぞ!