5-32 籠城戦
「じゃあ、降りるよ」
四層へ続く石段を一歩ずつ下り、静寂に満ちた空間に足音だけが響く。
「──《空間把握》」
もう一度魔力を込め直し、さらに細かく、濃く、蟻の子一匹見落とさないくらい警戒心を込めて再展開する。。
そしてついに最後の一段を降り終え、四層の床に足をつける。
「何もいなさそう──」
「レイ!避けろ!」
「──!?」
マルクに言われるがまま咄嗟に体を反らし、後退する。
「なにが──っ!」
改めて四層を見渡し、肉眼で確認するとトカゲのような魔物の姿があった。
それも一匹じゃない。肉眼で確認できるだけで三匹は居る。
それに確かこいつは……
「透光蜥蜴だ!視えなかったのか!?」
「私の《空間把握》じゃ視えなかった!」
「チッ!厄介な!」
私の《空間把握》で視えず、マルクの《空間把握》で感じられたのはなんで……
いや、今はそれより──
「一旦撤退!階段まで下がる!それから補助するからヒナ、お願い!」
「了解!」
「了解!」
全員で階段まで下がり、魔術を構築する。
「《風域》!《暴風・補助送風》!」
「《灼竜砲》!」
私が提供した酸素を喰らい、視界を業火が埋め尽くす。
十秒ほど灼き続け、風の補助を切るのと同時にヒナも術式を止め、視界を埋め尽くした業火が一瞬で消える。
「大丈夫そうかな……?」
多分襲いかかってきたやつは全部灼けたはずだ。私の《空間把握》にも反応ない。しかし──
「いや、まだだ!数え切れないくらい増援が来てる!一回撤退……はできないか」
「うん。資料だとこいつらは機動力に長けてる。階段で動きを制限できなかったら攻撃も当てづらくなるし、逃げるにしてもあっちのほうが早いし、なんでか標的にされて増援が来てる以上逃げ切れないし、引き連れていくわけには行かない!」
「ならここで迎え撃つしかないの!?」
「そうなる!」
くっ、私にも見えたら……
私の《空間把握》に視えなくてもマルクの《空間把握》では感じられてるんだろう。
多分私に視えないのは変質した性質の違いだろう。
マルクは感じ、私は視るという性質の違いが、この透明な魔物相手に得手不得手が分かれている。
多分視るという意識で《空間把握》を使う限りこの魔物は私には捉えられないだろう。
なら──
「来るぞ!」
「ヒナ!もう一回!《風域》!」
「了解!《灼竜砲》!」
もう一度業火を発生させ、近づいてくる透光蜥蜴を焼き払う。
そしてこの時間で──
「──《空間把握》」
記憶の中にある知識、情報の通り基礎に忠実に、初めて使った時と同じ使い方で展開する。
これなら多分不可視の魔物を捉えらえられるはずなんだが……
「つ、使いづらい……」
慣れない使い方をしてるせいか滅茶苦茶使いづらい。しかも構築が上手くいってないせいで魔力が流れて術が崩れていってる。
それに勝手が効かない分今まで使ってた《空間把握》と比べて得られる情報も粗雑だ。
人の手足を借りて歩くような不便さを感じる。
これじゃ使い物にならない。
けど今までの《空間把握》じゃこいつ相手に効果がない。
それに今このパーティーの司令塔は広範囲かつ高精度な《空間把握》を使える私の役割だ。
その私の《空間把握》が通用しないんじゃ作戦が根底から瓦解する。
どうしたら……ってこれなんか前に似たことやったことあるような……
……思い出した!《霜獄の領域》作った時に似てる。
あのときは冷気に変換した魔力の操作が上手くいかず、今回は空間属性に変えた魔力の操作が上手くいかない。
なら、同じ対処法で解決できるはず。
「──《空間把握》、《空間把握》!」
展開する魔法陣は二つ。
二重に《空間把握》を展開する。
一方は今までの視る術式、もう一方は基礎通り、雛形の術式を展開し、使い慣れた術式で使い慣れない術式を補助する。
「《空間把握・二重展開》!!」
新しい名前をつけ、新しい術式として確立していく。
二重に視て、感じて、情報をかき集め、齟齬をすり合わせ精度を高め、ようやく不可視の魔物の姿を捉える。
捉えられたからこそ分かる、なんだこのバカみたいな数。
けど、ここで文句言っても何も変わらない。結局は倒しきれないと前に進まない。
「私にも視えた!ヒナ、一気に灼くよ!」
「了解!」
合図とともに魔力を込め、増え続ける巨大なトカゲを灼き払う。
視える対象全てに焔を誘導し、燃やし、最高効率で灼き払う。
けど──
「はぁ──はぁ──はぁ──」
息が乱れる。魔力が流れ出ていく。
やばい。《空間把握・二重展開》の負担がやばいし、もうヒナに合わせられるだけの魔力が無い。
『ステータス』で見てもそろそろ魔力が三桁から二桁に入るところだ。
「ごめん……もう、魔力が……」
私とヒナの術式の調和が崩れる。
業火が消え去り、魔物と私たちを阻む壁が消える。
数は減らした、この魔物相手の命綱になる《空間把握・二重展開》はまだ発動してる。
けど、もう戦いに参加できるだけの余力は残ってない。
あとは二人に任せるしかない──そう思ったときだった。
私を中心に感じられる敵の反応が、内側ではなく外側から減っていってる。
つまり、第三者、何者かが手助けしてくれてるらしい。
ありがたい。第三者もかなり強いらしくかなりのスピードで反応がなくなってる。
かなり数も減ってるし、協力すればすぐにでも全部倒せる。
「ごめん、あと任せる」
「わかった」
「任せて!」
謎の第三者と二人が掃討にかかり、五分と経たないうちに増援に来たとんでもない数のトカゲ全てが倒される。
そして、魔力切れで座り込む私の前にフードを被り、顔を隠した一人の人が現れる。
「すいません、助かりました。もしよければお名前を伺っても……」
「お前──久しぶりだな、レイチェル」
「──っ!?」
まだ名乗ってないのに私の名前を呼ぶ。
心当たりがないわけじゃない。けど、まさかこんなところで──
気づかなかったことが申し訳ないな。
立ち上がり、改めて一人の男と視線を交わす。