5-29 節約
あれから一回解散し、部屋に戻ることになった。
初めての迷宮探索ということもあって疲れたのか身体が怠い。
重たい体を動かし、汚れた服から着替えてベッドに大の字で飛び込む。
この服もクリーニングに出さないと……四層以降は毒持ちの魔物が出るらしいから解毒用の魔術薬も買っとかなきゃ……
いろいろやらなきゃいけないことはあるが今は──
「疲れた……」
独り言が静寂に満ちた部屋に零れ落ちる。
その静かさと疲れによってか、初めての迷宮で緊張してたのが解けたせいか眠気が湧き出てくる。
夕食の合流時間までまだ時間あるし少し仮眠取ろうかな……
そう思い力を抜き、柔らかいベッドに全体重を預ける。
そうしてまぶたを閉じると眠気に意識を奪われ、微睡みの中に落ちていく──
「──はっ!?」
しまった、少し仮眠取るだけの予定がうっかり熟睡してしまった。
幸いまだ合流予定の時間までは余裕がある。しかしそうゆっくりもしてられない時間なので急いで起き上がり手早く身だしなみを整える。
軽く櫛を通し乱れた服装を整え、拡張収納を掴んで部屋から飛び出す。
幸い私の部屋は酒場に一番近い。走らなくても歩きですぐに着く距離だ。
しかしここ最近は合流するのが一番最後になってしまってる。さすがにもう待たせるわけにはいかないので駆け足で待ち合わせ場所へ向かう。
「はぁ──はぁ──」
肩で息をしながら待ち合わせ場所に着くが……誰もいない。久しぶりに私が一番最初についたらしい。
今のうちに息を整えとこう。
「今回は俺が一番乗りじゃなかったな」
「あ、マルク」
待ち合わせ場所に着いてそう経たないうちにマルクが来た。
「ヒナはまだ来てないのか?」
「うん」
「まあまだ待ち合わせ時間じゃないしな。しばらく待つか」
「そうだね」
短く言葉を交わし、ヒナを待つ──が、来ない。
待ち合わせ時間を十分ほど過ぎたところで一つの提案をする。
「ちょっと通声機で連絡してみようか」
「わかった。頼む」
拡張収納から通声機を取り出し、ヒナが持ってるもののチャンネルに合わせて呼びかける。
そして呼びかけてからコール音が五回ほど鳴ったとき……
『ごめん寝てた!すぐ行く!』
短く、そして要件が簡潔にまとめられた返事が返ってくる。
そして、通話を切られる。
「待っとこっか」
「だな。きっと疲れてたんだろうな」
ヒナは居ないし聞こえてないがフォローを入れ、待つこと五分ほど。
「ごめ〜ん!」
ようやく三人全員が揃う。
「大丈夫だよ。それより入ろっか」
「だな」
酒場に入り、開いてる席に座る。
近くのメニューを掴み、広げるが……
「何頼む?……って言ってもあれじゃあね……」
「ああ。今日の稼ぎを見る限りあんまり贅沢してられない」
「うん。もっと稼げるようになるまでは節約しなきゃね……」
「じゃあ、一番安いやつでいい?」
「ああ」
「うん」
注文するメニューを決め、ウェイターのお姉さんを呼んで注文を済ませる。
しばらくひもじい……とまではいかなくても質素な食事になりそうだ。
「ごちそうさまでした」
意外と美味しかったな……とりあえず居座ってもやることないし帰るか。
二人からお金を受け取り、会計を済ませ酒場を出る。
「それじゃ、また明日」
「わかった。また明日」
「また明日!おやすみ〜!」
酒場の前で解散し、部屋に戻る。
ガチャリと小気味の良い音を立てて鍵を開け、部屋に入ったあともう一度鍵をかける。
「明日も早いし早めに寝るか」
拡張収納を机の上に置き、着替えを取り出す。
シャワーを浴びれればよかったんだが残念ながらシャワーは宿に備わってないので桶に水を貯め魔術でお湯に変え、体を濡らしたたタオルで拭いていく。
確か近くに大浴場があったはずだから明日時間があったら誘ってみようかな。
「《温風》」
魔術で濡れた髪を乾かし寝間着に着替えベッドに横になる。
軽く拭いて髪を流すだけでも意外とさっぱりするものだ。
……臭くはないはず。
本当はお風呂に入りたいがこの世界に水道が通ってる場所のほうが少ない。
それに宿のスペースの問題もあるしトイレと洗面所が備わってるだけでもありがたいし、この世界じゃ高級ホテル扱いだろうな。
こう考えれば前世の毎日お風呂に浸かれて、水洗トイレが当たり前についてる家って凄かったんだな。
この世界でもいつかそれくらい快適な家に住みたいものだ。
……まあ、今は明日のご飯も怪しい稼ぎだけど。
まあそれは私たちの頑張り次第でどうにかなる問題だ。
明日のご飯のためにも、快適な家のためにも、頑張らないとな。
好奇心で冒険者になったといってもどうしても現実は見なきゃいけない。
稼ぎたくて冒険者になったわけじゃないが成人し、職を持った以上自分の生活は自分でなんとかしなきゃな。
明日もがんぱろう。そんなことを考えながら深い眠りに落ちる。