5-2 前日譚のおわり2
「先生、何か用ですか?」
「ああレイチェルさんですか。はい、ちょっとお話があります」
「何でしょうか」
「まあ色々伝えたいことがあります。まず今日で卒業になりますが荷造りは済んでいますか?レイチェルさんは確か一度実家に戻るんですよね?」
「はい。両親に一度戻ってこいと言われてるので。荷造りの方はみんなで作った拡張収納のおかげでもう終わってます」
「資料は読みましたが凄いものを作りましたね……」
「ありがとうございます。けどみんなに手伝ってもらっても一つしか作れなかったのが心残りです」
「まあそれは材料の件もあるし仕方ないでしょう。それに卒業後も卒業生なら施設は使えますしまた研究してみてもいいんじゃないですか?」
「はい。休みを取れたら戻ってくるかもしれません」
「……やっぱり冒険者になるんですね」
「はい。もう決まったことなので」
「周りからも言われてるだろうし、私からも言いますがあなたが作り上げたものは素晴らしいものです。危ない仕事ではなく、研究職として働きませんか?」
またこの話か……やっぱみんな同じ考えなんだな。
けど、私の意志は変わらない。
やりたいことに嘘はつかない。それがこの世界で生きる上で決めたルールだから。
「何回も言われますが、答えは変わりません。私は冒険者を目指します。そのために、ここに来たんですから」
「……そうですか。なら、もう私には止められませんね。正直、このクラスの担任になった時、全員冒険者志望って聞いてどうなってるんだと思いましたよ。事情を聞いてまあ色々考えも変わりましたが、あなただけは違いました。マルク君は家の事情があって、ヒナさんはあの不器用さでも実力を発揮できる職場が欲しかった。けどあなたは違った。あなたは器用で何でも卒なくこなし、才能があった。それでいてなお、冒険者を目指すと言うのですから。なんてもったいないことするんだと、みんな思ったでしょうね。それでも、まだ危険を背負い、冒険者を目指すんですか?」
「……はい。それは変えられません」
「なら、私はもう応援することしかできませんね。何かあったら頼ってください。私は、いつまで経ってもあなた達の先生ですから」
「……ありがとうございます」
「それで、次の話なんですが……はい、どうぞ」
「これは?」
「正式に戦魔術師として国に認められた印のようなものです。これがあるといろんなところで恩恵が受けられます。例えば街に入る時の検査を免除してもらえたり、国営の馬車を無料で使えたりします。再発行もできますが色々面倒なので無くさないように」
「分かりました」
上位職業の特権か。
なんとも便利なものだ。
「それと、三つ目。レイチェルさんが呼んだ馬車が来てます。今校門の方で待ってもらってます」
「あれ?来るの明後日じゃありませんでした?」
「……多分目的地到着日と履き違えましたね。あなたの故郷までここからだと二日かかるので二日早く来たんでしょう」
「……どうしよ」
「二日早く出るしかないでしょうねぇ」
「まじかぁ……」
「仕方ないでしょう。大分急ぎ足になりますがヴェルグルを発つしかないでしょう」
「……分かりました。本当はもう少し余裕持って動くつもりでしたがこんな形でランドラ魔術学院を発つことになることを残念に思います。十年間──長い間、お世話になりました」
「はい。これからも、頑張ってくださいね」
「はい!」
別れの挨拶を済ませ、職員室を後にする。
「あれ?もう終わったの?」
「ごめんマルク、ヒナ、ちょっと早く出ることになった!」
「え!?なんで!?」
「馬車の申し込み間違えちゃって早く到着しちゃった」
「何やってるんだ……」
「いやほんとごめん」
「じゃあ俺たちはギルドの方で待ってるからな!」
「わかった。また後で会おう!」
「またね!」
「ジェイド君、研究成果は置いていくから自由に使って!」
「わ、分かりました!」
「また時々顔出しに来るから頑張ってね!」
「は、はい!」
ああもうなんでこんなタイミングでミスっちゃうかな!?
ほんとはもっと余裕持って出るつもりだったのに。
まあ大丈夫なはず。予定を私の分だけ少し繰り上げるだけ。
父さん達へのサプライズぐらいに考えよう。
私の全てが入った拡張収納を持ち、十年過ごした学び舎を巣立つ。