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猫神と縁のお結び  作者: 甘灯
二章
17/17

八話 和解

 その日はおむすび屋『enishi』のオープンの日だった。

地元の馴染み客が遠路はるばる駆けつけてくれた。

そしてビジネス街の大通りにも面していることから、昼頃になるとスーツ姿の客がひっきりなしに店にやってきた。

外観は今時のスタイリッシュで洗練された風貌だが、一歩店内に入れば田舎の家を思わせる木目調の家具で統一されていた。

 全体的に『和ティスト』を多く取り入れている内装だ。

照明のシェードは和紙で作られたもので、柔らかな光源が店内の穏やかさな雰囲気を演出していた。

道路沿い側の大きなガラス張りの窓は本来は店内の様子を見せるショーウィンドウの役割を持っている。

しかしプライベート空間を重視した店内は、敢えて竹製のブラインドカーテンを設置し、一息入れられるように外観から切り離すようにしていた。

 オフィスビルが立ち並んだ街並みは、どうしても仕事に追われている人たちの『心の余裕』をなくさせる。

そんな少し荒んだ気持ちが、店にいる時だけでも『少しでも和らぐ』ように、緒美はそう願いを込めていた。

おにぎり屋と言う物珍しさから興味本位に入ってきた客は、その店の柔らかな雰囲気にどこかホッとした顔をしていた。


「ありがとうございました!またのご来店をお待ちしております」


 緒美は笑顔で最後の客を見送った。






「よっ!」


 爪先立ちして、店の前の暖簾(のれん)に手をかける。

しかし棒が金具に引っかかり、うまく暖簾が下ろせない。


(踏み台ないとだめかしら…)


 緒美はそう思って手を離そうとしたとき、横から現れた大きな手が緒美の手と重なった。

『え?』と驚いた緒美は背伸びした姿勢で横を向く。

するとスーツ姿の黒羽根と目が合った。


 驚く緒美をよそに黒羽根は少しだけ口角をあげて、微笑んだ。


「私がやります」

「え、あっ!ありがとうございます!!」


 緒美は暖簾から手を離そうにも、黒羽根の手が重ねられたままだ。

緒美は羞恥心で顔に熱を帯びたのを感じた。

それを知ってか知らずか、黒羽根はそのまま暖簾を外した。

黒羽根の手がゆっくりと緒美の手から離れる。


「すみません!お手数おかけしました」


 暖簾を持ったまま緒美は慌てて、深々と頭を下げた。


「いいえ、お気になさらず」


 黒羽根は小さく首を振った。


「今日はもう終わりですか?」

「…ええ」

「開店祝いも、何も用意できずにすみません。…せめて店には来ようと思いまして」


 黒羽根は罰が悪そうに、少し俯きながら告げた。


「あ、それは、わざわざありがとうございます!あ、ど、どうぞ!」


 緒美が店内に入るように促す。


「え、しかし…」

「黒羽根さんは特別なお客様ですから。色々とお世話になりましたし、まかない程度のものしか作れませんが、それでもよかっ…」

「はい」


 緒美が言い終わる前に、黒羽根は既に2つ返事した。




   ◇◇◇◇   ◇◇◇◇


「どうぞ」


 緒美は黒羽根の前におにぎりを載せた皿を置いた。


「ありがとうございます」


 黒羽根は頭を下げてから、出されたおにぎりをジッと凝視した。

三角に握ったおにぎりに海苔を巻いただけのシンプルなものだ。


「あ、具材は梅干しです。お嫌いじゃなかったですか?」


 あまりに見つめている黒羽根の様子に、緒美は居心地が悪くなって思わず口を出した。


「いえ、嫌いではありません」


 黒羽根は緒美を見上げて、即答する。


「頂きます」


 黒羽根はお絞りのタオルで手を拭った後、おにぎりを一口食べた。


「………」

「………」


 沈黙。


 黒羽根の表情は特に変化はない。

静かに黙々と食べている。


(……このまま見ても、失礼よね)


 そう思った緒美はそそくさと厨房の方に向かった。


「美味しいです」


 背中に投げかけられた言葉に緒美はすぐに振り返かえる。


「お、お口に合ってよかったです!」


 一番欲しかった言葉をもらえて、緒美の顔は自然と綻んだ。


「…あの」


 黒羽根が何か言おうとしたが、ブーブーと胸ポケットから振動音が鳴った。


「…失礼」


 黒羽根は露骨に眉間の皺を寄せながら、スマホを取り出した。

そして光る画面を見て、黒羽根は一瞬手を止める。


「…どうかしましたか?」


 不思議がる緒美の問いかけに、黒羽根は「いいえ」と答えて画面を叩いた。

『また仕事かな?』と思った緒美は、そっと厨房に向かう。

しかし後ろ髪引かれて厨房の扉に手をかけたままで立ち尽くしていると、黒羽根がスマホに耳を当てながらこう言う。


「ああ…来週に帰るよ。今まで心配かけてごめん、親父」


 相手の返答を待たずそれだけを言うと、黒羽根はすぐに通話を切った。

彼の眉間の皺がとても険しい。

しかしそれは決して不機嫌だからではなく、黒羽根の懸命の照れ隠しに見えた。

黒羽根は家族から電話が来て、とても嬉しかったに違いない。

それが分かった途端、緒美は微笑ましくなった。

すると居たたまれなくなった黒羽根が控えめにこう告げる。


「あの…おかわりお願いできますか…?」

「はい!」


 緒美が笑顔で答えると、黒羽根が釣られて笑った。


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