四話 少女の邂逅
「こんにちは」
緒美は遠慮がちに、男性へ声を掛けた。
男性は60代後半に見える。深い皴が刻まれていて若干の老いを感じさせるが端整な顔立ち。
そして鷲のような鋭い目つきが印象的だった。
「…こんにちは。あの、貴女は?」
男性が訝しげに緒美を見る。
「あ、えっと…美久ちゃんの知り合いの者です」
気圧されながら、緒美はおずおずと答える。
「ああ…そうでしたか。それは失礼」
男性は軽く頭を下げた。
「いえ、急に声を掛けて申し訳ありません。美久ちゃんのお父さんだと思いまして、お声を掛けさせてもらいました」
花を手向けていた男性は『父親だ』と美久から聞いた緒美は、美久の知り合いを装うことにした。
「なるほど。しかし申し訳ない。私は貴女のことを覚えておりません…」
「そ、そうですよね!…あれから何年も経ってますから」
緒美は辻づまを合わせるため、懸命に頭を巡らせる。
「そうですね。美久がもし今も生きていたら貴女のような立派なら大人になっていたのでしょうな」
感慨深そうに男性は呟いた。
「あぁ…それで…私になにかご用が?」
「あ、えっと!…実は美久ちゃんに本を貸していまして…今更ですが、宜しければ返して頂けないかと」
ドキドキしながら緒美はそう切り込んだ。
「それは娘がご迷惑をかけてすみません。昔からだらしない子で宿題も期日までに出さなかったり、借りた物をなくしてしまう子でした」
「…はは、私も昔はそんな感じでしたよ」
「お時間はありますか?少し遠いですが今タクシーを待たせているので、家に来ていただければお返しできると思いますが…」
「あ、ありがとうございます!伺わせていただきます!」
緒美は少し遠くに立っていた美久に視線を向ける。
美久はコクリと頷いた。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「悪いな…折角の休日に呼び出して」
「…いえ、大丈夫です」
上司の速水は申し訳なそうに言ったが、黒羽根はいつもの仏頂面で答えた。
「宍戸の奥さんが急に産気づいてな…すぐ帰したんだ」
「的確な判断だと思います。私は独り身なので、その辺は平気ですので」
「そう言ってもらえると助かる」
しばらく静かな室内に紙を捲る音だけ響いた。
「うん、問題ない」
「そうですか」
「ああ…呼び出してなんだが、もう帰って大丈夫だぞ」
「他に雑務があるなら、処理しますが…」
「いや…その…なんだ。あ、たまには実家に帰ったらどうだ?」
「………」
下手な速水の言い回しに、黒羽根は無言になった。
「だって、今日は…」
その時、速水のスマホが鳴った。
「どうぞ」
速水は言葉を切り、黒羽根に促されてすぐに電話に出た。
「…俺には帰る資格などありません」
黒羽根は言い残して、速水に向かって一礼すると事務室を後にした。
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