3話:友人達
歴史を学ぶ事は、重要である。
特に近代史を学ぶと言う事は、世界の状況、この国の立場や状況、今の自分自身の置かれている立場を知る事に繋がるからだ。
そして、歴史を学ぶ事で明確な敵を認識する事ができる。
「え~っ、今から約20年前・・・南米ブラジルにおいて、大きな災厄が起きました。最初は、事故でありましたが、後に世界中に禍根を残す事件へと発展する事になります」
一人の年老いた教師がゆっくりとした口調で語りだした。
歴史の授業。
神庭航は、退屈そうに老教師の説明を聞いていた。
「現在は、開発研究が禁止されているマテリアル型ナノマシン開発は、当時は合法でありました。悪化の一途をたどっていた自然環境を再生する為に世界中で始められたナノマシン開発でしたが南米ブラジルで起きたナノマシン暴走事故により、マテリアル型ナノマシンの開発研究は、凍結される事が国連で決議されたのです」
航は、ふっと、窓の外を覗き込むと、雨によってびしょ濡れになった校庭が目に飛び込んでいた。
天気の状況を確認すると、航は、頭を抱えてうなだれた。
「今日は、サッカーの練習試合の日なのに・・・こりゃ、中止だな」
航がそう呟くと、老教師は、ジロリと航の顔を睨みつけた。
「神庭君。この後の歴史経緯を知っているかね?」
老教師は、航を挑発するように言った。
すると航は、ニコリと笑みを浮かべて説明を始めた。
「そのナノマシン・ハザートと言われる被害は、一向に沈静化する気配を見せず。ナノマシンの汚染は、南米を覆いつく勢いで広がっていきました。国連は、世界中に非常事態宣言を発令し、核ミサイルによる沈静化を議会に提出。しかし、複数の国の拒否権により、実行に移されませんでした。ですが自国の足元までせまった汚染に不安を抱いたアメリカ合衆国は、国連決議を無視。単独で核ミサイルよる浄化を試みました。結果、十数発の核ミサイル攻撃によりナノマシンによる汚染は、沈静化する事になります。そして、南米は、・・・」
「よろしい。よく、勉強しているようだな」
老教師が少し不満げに言うと航は、そそくさと席に座る。
「えっ~。この事件がきっかけにより、ナノマシンの危険性が世界的に議論され。マテリアル型ナノマシンの研究と開発は、国際的な条約と法律で厳しく捕りしまわれる事になったのです」
老教師の説明が続く。
「残念ながら、我が国においても忘れては、いけない事件があります。尾崎博士が惹き起こしたナノマシン密造事件です。尾崎博士がナノマシンを密造していた事が発覚し、我が国は、核攻撃の危険にさらされた事件で・・・」
航は、老教師の説明にピクリと、その身を震わせた。
尾崎博士が巻き起こした事件は、当時この国を危険さらしたテロリストとして執拗にマスコミに叩かれた。
それ故に誰もが知っている事件で、この国においてもっとも忌み嫌われる出来事である。
航がこの事件のニュースを見た時、自分の目を疑った。
それは、尾崎博士は、航と知り合いであり、何度も顔を合わせた事のある人物だったからだ。
昼休み。
航が教室で弁当を食べていると、一人の女生徒が側にやってきた。
「よう! わったるぅ!! 今日も不機嫌な顔で弁当を食べてるね」
女生徒は、開口一番にそんな事を言って、航の背中を軽く叩いた。
「なんだよ。その挨拶は・・・」
航は、少しげんなりとした表情でそう言った。
同じクラスの同級生。
航にとっては、幼馴染の友達。
名前は、三島典子。
とにかく明るく元気な所が特徴で、クラスや学園での人気者。
顔の作りも美人では、ないが魅力的な顔立ちをしていた。
「なんかね。何時も不機嫌そうな顔で弁当食べてるからさ。その航の顔が脳裏に焼きついてるんだよ」
「あー、うー、それには、事情が・・・ね」
航は、頑張って半分ぐらい平らげた弁当箱に視線を落とした。
はっきり言って、このお弁当は、美味しくないと航は、断言できた。
ただ、作って貰ってる手前、断る事ができずに毎日眉を潜めて弁当を食べていた。
「そのお弁当、澪ちゃんが?」
「あぁ」
「ハッキリ言った方がいいよ。航は、澪ちゃんには甘いんだから」
典子のその言葉に航は、何度も頭の中で否定していた。
航は、お弁当が不味いと言う事を最初にわたされた時に言った事がある。
その次もその次もハッキリと航は、澪に言ったのだ。
しかし、澪の調理の腕は、まったく上達しなかった。
はじめは、何かの嫌がらせかと航は、思ったが、そうでは無いと解ってから、断れなくなってしまったのである。
「ねぇ、その肝心の澪ちゃんは、どうしたの? 姿が見当たらないけど」
典子は、教室を見渡して航に問いかけた。
「保健室。気分が悪いと言ってた」
「えっ、そうなんだ。でも、さすが澪の彼氏!! よく見てるね」
典子がそう言うと航は、首を左右に振って否定した。
「いやいや、典子さん。澪とは、そう言う関係じゃないから」
「えーっ、毎日弁当作ってくれるのに?」
「うっ・・・」
「毎日、家までおこしに来てくれて、朝食まで作ってくれるのに?」
「いや、そうなんだけどね。そう言う雰囲気じゃないと言うか。何か違う気がするんだよ」
航がばつが悪そうな顔をすると典子は、呆れた様子でため息をつく。
「う~ん、航の顔は、中の下ぐらいだから。選り好みしてると彼女の一人も出来ないよ?」
「俺をフッたあんたがそれを言うかね」
航は、複雑な表情で過去の出来事を思い出していた。
航が中学生の頃、典子に告白した事があった。
しかし、一週間もしない内に
「やっぱり、航と、恋愛なんて無理だ」
と、典子に言われて一方的にフられてしまったのである。
そんな事があっても航と典子の関係は、幼馴染と言う枠組みから外れる事は、なかった。
ただ、典子の明るさと割り切った性格のおかげで、航も関係を崩す事なく付き合ってこれたのだ。
航が箸がすすまない弁当を前にして、典子と雑談していると、一人の男子生徒が割って入って来た。
「航、まだ弁当食べ終わってないのか? もう直ぐ昼休みが終わるぞ」
まだ、半分以上残っている弁当箱を指差しながら、その男子生徒は、航に労わるような口調でそう言った。
新田忠司。
それがその男子生徒の名前だった。
航にとっては、同じクラスの同級生。
そして、親友でもあり、現在の典子の彼氏と言う存在。
典子にフられて、間もない時期に典子が「彼氏が出来た」と、航の前に連れて来た事がきっかけで、その時からのつき合いである。
性格は、航が直情的である事に比べ、まったくの正反対。
とにかく、とても冷静で何事にも動じない性格をしていた。
それ故に正論をよく言うので、クラスメイトから煙たがられる事もあった。
「忠司か。いいのいいの。放課後までに食べ終わればいいんだよ」
「まったく。お前のそう言う所。直した方が良いと思うんだが」
忠司が呆れた様子でそう言うと、航は、弁当箱の白米を箸で掴み取り、ゆっくりと自分の口の中へ放り込んだ。
「忠司~っ、ちょっと聞いてよ。航ったらね。澪ちゃんの事、彼女じゃないとか言うんだよ」
「なんだ、航。まだ神楽の事を受け入れられないのか? あんな美人は、他に居ないと思うがな」
「だからさ。典子にも言ったけど。そう言う関係じゃないんだよね」
航は、少しうんざりした様子で考えこむように右頬に右手を当てた。
「なあ、航。話は、変わるが・・・。神楽の事なんだが・・・」
唐突に忠司が真剣な表情をしてそう切り出した。
突然の事に驚いた航だったが、忠司の様子から重要な話なのだと感じとっていた。
「どうしたんだ? いきなり」
「クラスの男子の連中がさ。神楽の事・・・襲うとかそんな物騒な話をしていた」
「それで?」
航の声が少し低くなった。
「当然、握りつぶしておいたよ」
「さすが友だね。感謝するよ」
「詳しい話を聞いたんだが。どうも、それを指示したのは、女子の連中らしい」
その言葉を聞いた典子がハッと表情を曇らせた。
「あのね。航。今更なんだけど。ほら、澪ちゃんのような、協調性の無い子って・・・女子の間では、嫌われやすいのよ」
「もう、入学して10ヶ月以上経ってるのに、なんで今更」
「女子の間では、前からちょっとね。私が説得して、今まで押さえ込んでいたんだけど。そろそろ、限界みたい」
「・・・」
「航、澪ちゃんから、あまり目をはなさないであげて」
「わかったよ」
航は、力つよく頷いてみせた。
いずれ、こう言う事態になる可能性を航は、考えなかった事がないわけではなかった。
協調性の無い澪の性格から、いずれ他人からの反発を招く事は、理解していたのである。
他人を拒絶すると言う事は、他人からも拒絶されると言う事だ。
学園と言う村社会で大切なのは、協調性であり、その協調性を乱す存在は、村社会にとって悪になる事もある。
社会に必要なのは、円滑な人間関係であり、個人の能力では無いのだから。
忠司は、少し考える様子で航の右肩に手を置いた。
「航。お前も気を付けろ」
「どうして?」
「神楽が唯一、心を開いてるお前に矛先が向く可能性がある」
「そうなるなら、それでいいよ。少なくとも澪に害が及ばないならね」
航がそう言うと忠司は、少し複雑な表情を向けた。
「なあ、航。俺たちは、間違っていたんじゃないか?」
「何を言っているんだ?」
「神楽を助けている気になって。それで、神楽は、さらに他人に距離を置く様になったんじゃないのか? 周りから、刺激を受けないと解らない事だって・・・」
忠司の言葉に航は、勢い良く席から立ち上がって、忠司の胸ぐらを掴んだ。
「今更、何言ってんだ!?」
航の激しい形相に忠司を目を逸らす。
「いや、さっきの言葉は、忘れてくれ・・・」
忠司のその言葉に航は、気が抜けた様に再び席についた。
「解ってくれたのなら、いいさ」
航が弁当のおかずを箸で突いていると、さっきの航と忠司のやりとりを見ていた典子が口を開く。
「でも、忠司の言う事も解るよ。このまま、学校を卒業して、社会に出れば、苦労すると思う」
「それは、そうなった時に考えるさ」
航は、少し悲しそうな表情を浮かべ、静かにそう言った。