「星座を増やして」と彼女は言った
彼女は、いつも無理難題を言った。
「本当に私のことが好きなら、星座を増やしてみなさいよ」
ある夜、僕の押す車椅子に乗った彼女は、満点の星空を見上げてそう呟いた。……いつもこうなのである。僕が困るのをわかっていて、彼女は突拍子のない思いつきを口にするのだ。
「できないよ。星は僕のものじゃないんだから」
「じゃああなたの好きって言葉、信じない」
プイとそっぽを向く彼女に、ため息をつく。これもいつもの流れだ。
「……1928年、国際天文学連合は『88星座』を定めた」
凍って白くなる吐息越しに、僕は降るような星空を見上げる。
「それまでは、本当にたくさんあったんだけど。でも、あんまりありすぎて空が狭くなっちゃってさ。みんなで話し合って、やっとその数にまとめたんだ」
「勝手よね。アルゴ座なんて四つにバラバラにされてるし」
「その星座は随分前からバラバラにされてたと思うけど……」
「とにかく、あなたが89星座にするまで絶対返事なんかしてあげないから」
そう言う彼女の美しい眼差しは、星々に向けられていた。きっと、どの星が新しい星座にふさわしいか、品定めしているのだろう。
「……星は、僕らよりずっと長生きするからね」
一番身近な恒星である太陽の寿命は、大体100億年。人類はせいぜい500万年ぐらいの時間をかけてようやくここまで進化してきているわけだから、それはもう途方もない時間である。
だから僕らヒトは、安心して夜空に絵を描いてきたのだ。頑是ないこどものように、星と星を繋いで、空想を重ねて。
ここにいる僕達と何ら変わらず、夜の真ん中に立って。
「――ねぇ。僕らさ、何度だって一緒に生まれ変わろうね」
無数の星が瞬く彼女の瞳を頭の中に描きながら、僕は彼女のためだけの言葉を落とした。
「その間に星がいくつも生まれて、夜空が全然違うものになっても。僕らは何度だって一緒にいて、星を探そう。僕はいつかうんと偉い博士になってアルゴ座も浮かべるし、君の一番好きなものに必ず一番大きくて青く光る星をあげるから」
彼女は、何も答えない。僕はというと、澄んだ冬の空気に触れた涙が彼女の頬を冷やしてしまわないかだけが、心配だった。