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9.今度こそ道を間違わない


 夢を見ているんだとすぐにわかった。これは夢だと。いや、そう思いたかったのかもしれない。

 足元にはおびただしい程の死体の山。それは僕がその手で殺してきた人達のものだった。

 僕はそれを見て狂ったように笑っていた。

 ああ、そうだ。そうだった、あの時の僕にはそれが楽しくて仕方なかった。

 お前が殺した。お前が殺したんだ。

 そう死体が僕を責めるように言う。

 そうだ、僕が殺した。

 お前がやったんだ。その罪は消えない。

 そうだ。僕がやった、僕が僕が。

 例え、僕がここで死んだとしても一度したことをなかったことにはできない。

 僕はたしかにこの手で罪を犯したのだから。

 きっとここで死んだら僕が行くのは地獄だろう。そこで責められる続けるのだ。自分のした罪を。僕がしてしまったことの償いを。

 ずっと、ずっと、ずっと。

 その時、ふと、誰かが僕を後ろから抱きしめた。

 それが誰かわからなかった。振り返るよりも前にそっと手で目を隠される。


「大丈夫よ、アレクシス」


 聞いたことない女性の声聞こえた。


「大丈夫、きっと今度こそ大丈夫だから」


 そう優しく耳元でその人は言った。

 その声に何故かほっとして、目を閉じたその時だった、全身に突き刺すような痛みが走った。

 何が起きたのかわからなかった。

 痛い、と同時に何もかも消えた。

 抱きしめられていた感触も足元にあったはずの死体も全て全て消え去る。

 そして次の瞬間、聞きなれた声が僕の耳に届いた。







「アレクシス!!」

「っ!?」


 聞きなれた声に必死に名前を呼ばれ、僕は思わず目を開けた。

 そこは見慣れた僕の部屋だった。

 ずきずきと痛む身体。

 ああ、僕は生きていたのか。

 そのことを残念に思うと同時にふと視線を感じ、そちらを見る。

 そこには心配そうな顔をした父さんが僕を見ていた。


「父さん?」


 すぐそばに父さんがいたことに僕は驚き、呆然と呼んでしまう。

 そんな僕を見て、父さんは酷く安堵したような顔をし、そのまま僕に手を伸ばす。

 そして僕をゆっくりと抱きしめた。

 何が起きたかわからなかった。

 父さんにこんなふうに抱かれたことなんて幼い頃だって一度もなかった。


「良かった。お前が無事で本当に良かった」


 父さんはそう何度も言い、僕をひたすら強く抱きしめる。

 なんで、僕なんかに興味なかったはずなのに。どうして、そんな顔して、そんなに必死に僕を抱きしめるんだ。

 まるで、失うことを恐れているように。

 そこまで思って、ふと身体に痛みが走る。

 そうだった。僕は怪我をしていたのだ。

 痛みに思わずうめくと父さんは慌てて僕を抱きしめる力を緩めた。


「痛むか、もうすぐ治癒魔術を使えるものが来るからそれまで待っていろ」


 違う。そうじゃない。確かに傷は痛い。

 でも僕が言いたいのはそこじゃない。

 そんなことどうでもいい。


「父さん」

「なんだ?」

「怒ってないの?」


 そう、怒られると思った。

 てっきり怒られて、また冷たい目で呆れられたように見られるとそう思ったのに。

 それが、どうして。

 僕の問いかけに父さんは黙り込む。しばらくして僕の方を見て、静かに言う。


「怒っている。怒っているに決まっているだろう」


 僕は思わず息を呑む。

 怒っている、そう言う父さんは確かに怒っていた。怒っていたがその目はそれ以上に僕を心配そうに見ていた。


「家を出るなど、何を考えているんだ!?しかも魔獣の住み着く森にたった一人で行くなど、お前は、私がどれだけ心配したかわかっているのか!?」


 そう言って怒る父さんの顔を僕は呆然と見る。

 あれほどまで感情を見せなかった父さんが、最後の死ぬ瞬間にしか人らしい感情を見せなかったのに、それが今、感情をこれでもかというほどに露わにしていた。


「お前を失うかと思った」

「父さん」


 何で、どうして、だって父さんは僕のことを。嫌っていたはずじゃ。それなのに、どうして。

 いや、もうその反応でなんとなくわかっていた。

 嫌いなものに、どうでもいいはずのものに対してここまで心配するはずがないということを。


「その、父さんは僕のこと、嫌いじゃないの?」


 それでも確かめたくてそう言うと父さんは僅かに顔を歪め、答えた。


「そんなわけないだろう。息子を嫌う父親がどこにいる」

「っ!?」


 ああ、そうか。その瞬間、僕はとんでもない勘違いをしていたことに気づいた。


「すまなかった」

「え?」

「私はずっとお前を強くすることこそがお前を守ることに繋がると思っていた。だからこそお前に冷たくあたり、お前が当主として相応しい人間になるように、そうずっと思っていた。だが、それは間違いだったようだ」


 そう言って、父さんはそっと僕の頭を撫でる。

 一度も撫でられたことがなかった、いや触れられたことさえなかったのに、その手はどこまでも優しかった。


「すまない。辛い思いをさせたな」


 そう言って、父さんはもう一度優しく僕を抱きしめた。

 その言葉が父さんの最後に言った言葉と重なる。


「本当にすまなかった」


 その一言に僕は思わず泣き出す。

 大きな声で声を上げて、僕は生まれた初めて泣いた。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 泣きじゃくりながら僕はひたすら父さんに謝った。いや、謝らずにはいられなかった。


「何故謝る?お前が謝る必要などない」


 そう言って父さんは優しくあやすように僕の背中を叩く。

 それに僕はますます泣いた。

 父さんは知らない。僕はとんでもないことをしでかしてしまったことを。

 自分で勝手に思い込んで、父さんのことを何も知ろうとせず、そしてそのまま僕は父さんを殺した。

 自分の手で。

 こんなにも僕を思ってくれていた貴方を。

 僕は殺したんだ。


「ごめんなさい……」

「わかった、わかったから、もう泣くな」


 そう言って、父さんは僕が泣き止むまでずっと僕をあやし続けた。








「大丈夫か?」


 父さんにそう言われ、僕は頷く。

 何をしているんだ。僕は思わず赤面する。

 まるで子供みたいにこんなに泣くなんて。

 いや、子供の時だってこんなに泣いたことなんてなかったのに。

 あまりの醜態に見た目が4歳に戻っていて、本当に良かったとこの時ばかりは心の底から思った。


「ごめんなさい」

「もういい。謝るな」

「でも」


 ちらりと父さんの服を見る。

 父さんの高そうな服には僕の涙と鼻水がついていた。

 ずっと泣く僕をあやし続けたのだ。当然の結果だった。


「これぐらい気にするな」


 そう言って、父さんが笑う。

 あの父さんが、いつも感情を一切見せなかった父さんが初めて、僕に対して安心させるようにぎこちなくだが笑った。

 その顔を呆然と見る。


「どうした?」

「父さんが笑ってるから、その、はじめて見た」


 僕の言葉に父さんは少し固まる。すぐに小さくため息をつき、すまなかったと僕に謝った。


「本当に私は今まで何をしていたんだろうな」


 父さんは自分を責めるようにそう言い、またぎこちなくだが、僕に笑いかけた。


「父さん?」

「アレクシス、すまなかった。今までの父さんを許してくれ」

「え?」

「許してもらえるとは思っていない。だが、もしも可能ならもう一度チャンスをくれ。今度こそ私はお前の望む父親になりたい」


 頼む、そう言って頭を下げる父さんに僕はただ小さく頷いた。

 そう、断れるはずがない。

 だって、僕も一度失敗したのだから。


「父さん、僕もごめんね」


 今更何を言っても許されるとは思っていない。

 でも、もう一度僕にもチャンスがあるなら。

 今度こそ、今度こそは。

 もう一度、今度こそ、僕は道を間違わない。


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