3.邪魔者は蹴散らして
「アレクシス!アレクシスはいるか!」
聞きなれた怒鳴り声に僕は内心ため息をつく。いつかは来ると思ったが予定よりも随分と早くきたものだ。乱暴にやって来た相手に対し笑顔で接した。
「これはこれはバイフェルト公爵。どうされましたか?」
「どうされたではない!お前はいったいなにを考えているのだ!?」
バイフェルト公爵はそう怒鳴って、僕を睨みつける。この怖い顔をしている男は父さんの昔からの友人で、同じく国王派の貴族の一員だった。
「この屋敷の使用人達を全員粛正しただと!?いったい何を考えているんだ!」
「粛正ではないですよ。罰です。僕が苦しんでいる時に見て見ぬふりをしたその罰です」
僕のその言葉にバイフェルト公爵は思わず息を呑む。そう、バイフェルト公爵も僕がどのように扱われていたのか当然ながら知っている。知っていて見て見ぬふりをしてきたのだ。
「主人なら罰を与えて当然でしょう?」
僕は安心させるようにバイフェルト公爵に笑いかける。僕だって使用人でもない相手に罰を与える気はない。
元からこの屋敷の使用人達のことは気に入らなかったのだ。父さんに忠誠を誓い、僕を父さんといちいち比べていた使用人達が憎らしくて仕方なかった。
「安心して下さい。もう使用人は全て入れ替えましたから」
「お前は自分が何をしているのか本当にわかっているのか!?」
バイフェルト公爵はそう言い、僕につかみかかろうとする勢いで詰め寄る。本当に鬱陶しい。
僕がどうしようと僕の勝手だというのにこの男は他人のくせに何様だ。
いや、他人ではなかったな。バイフェルト公爵の娘は僕の婚約者でもあった。つまり彼は僕の義父でもあった。
と言っても僕のすることに口答えさせるつもりはない。
「用件はそれだけですか?ならもう終わったでしょう?」
「ふざけるな!そもそもお前はヴェイフォード公爵家の当主としての義務も果たさず、毎日遊び回っていると聞いているぞ!それも当然だというのか!?本当にお前は自分が何をしているのかわかっているのか!?」
「少しぐらい遊んだって別にいいじゃないですか。今まで散々辛い思いをしてきたんですから」
「それにしても限度があるだろう!?こんな姿をオーウェンが見たらなんというか!」
バイフェルト公爵はそう言うと悔し気に呟く。
「オーウェンさえ生きていればこんなことには」
ああ、そうか。こいつも僕と父さんを比べるのか。
いくら苛立つ相手だとしても相手は公爵家の人間。ここは穏便にすまそうとおもっていたのに。どうやらそうもいかないようだ。
僕は黙って立ち上がると笑う。笑ったまま僕は素早く詠唱を唱えた。
バイフェルト公爵はそれに気づき、後ずさる。しかしもう遅い。
実力差は圧倒的だった。父さんと違い、バイフェルト公爵はそれほど剣の腕も魔術の腕もない。父さんと対峙できる程の僕が倒せないはずがなかった。
闇の攻撃魔法がバイフェルト公爵に向けられる。
バイフェルト公爵はそれに避ける暇もなく、受ける。
「があっ!」
軽く当てる程度にしようと思ったが思ったよりも上手く当たってしまったようだ。痛みに悶えるバイフェルト公爵を僕は黙って見下ろす。
このまま殺したら後が面倒かもしれない。ああ、でもまたこうやって乗り込んでこられることを考えれば今、殺してしまってもいいかもしれない。
どうせ、国王派の貴族派いずれ皆殺しにする予定だ。
それならこのまま殺してしまっても構わないだろう。
そう思って、とどめをさそうとしたその時、部屋の扉が開いた。
「お父様!」
悲痛な叫び声と共に部屋の中に1人の少女が入ってきて、バイフェルト公爵に駆け寄る。
目をひく鮮やかな長い赤髪をもち、男なら目を奪われる美女。
その少女が愛らしい顔を歪め、涙目で僕の方を見る。
「アレク!もうやめて!お願いよ!」
そう言って、僕の婚約者であるフランチェスカはバイフェルト公爵を泣きながら抱き寄せる。
とんだ邪魔が入ったものだ。
僕はしょうがなく、続くはずだった攻撃を止めた。
「アレク!酷いわ!どうしてこんなことをするの!?」
「酷い?君までそんなことを言うの?僕の婚約者のくせに君まで僕の敵になるんだ」
フランチェスカは何も言わない。ただ涙を流しながら僕を見上げる。
「どうしてなの?貴方はこんなことする人じゃなかったのに」
「はっ、今更何を」
お前に僕の何がわかる。
婚約者とは名ばかりでろくに会話さえしたことがなかったくせに。
そう言ってやれば、フランチェスカは酷く傷ついたような顔をした。その被害者面する顔にますます苛立ちが募った。
ここで2人を殺すのは簡単だ。そうだ殺してしまえばいい。
苛立つ奴は全員殺してしまえばいいんだ。
そう思って、詠唱を唱えようとして、フランチェスカの顔を見て、僕は何も言わず口を閉じた。
「一度は見逃してあげますよ。もう二度とここには来ないで下さい」
バイフェルト公爵がフランチェスカの手を借り、立ち上がる。悔し気などこか悲し気な顔をして僕を見ていた。
「アレクシス。フランチェスカとの婚約を破棄させてもらう」
「別にいいですよ。そんな女、別に好きでもなんでもありませんから」
僕の一言にフランチェスカの肩がびくりと動いた。見れば、悲しい顔をして僕をただ見つめた。何も言わない。ただ僕を見るだけ。いつも彼女はそうだった。いつも僕を黙って見ていて、何を考えているか、思っているかさっぱりわからなかった。
「アレクシス。これは最後の忠告だ。確かに我々はお前の処遇を知りながら見て見ぬふりをしていた。お前が怒るのはわかる。しかしお前のこれは間違っている」
バイフェルト公爵はそう言うとフランチェスカに支えられながら部屋を後にした。僕はその姿を黙って見送る。
「間違っている?この僕が?」
間違うはずがない。いや、間違ったって、この力さえあればどうにでもなる。
そう、だって僕はもうアレクシス・ヴェイフォード公爵なのだから。