2.復讐を終えて
「これは派手にやりましたね」
突然、背後でした声に僕は振り返る。そこには数人の黒ずくめの男たちが立っていた。その中の1人が前に出てくる。前に出てきた男の顔は知っていた。
「まさか、ガルフレス伯爵ご自身が来るとは思っていなかったですよ」
「大事なことは自分の目で確かめるタイプなので」
そう言って、ガルフレス伯爵は答える。そして無残に転がる父さんだったものを見る。
「暗殺者がやったにしては随分と酷い有様ですね。よほど私怨があったようだ」
「すみません。ついやりすぎてしまって」
「まあ、いいでしょう。約束通り公爵は亡くなりましたし」
「護衛のものは?」
「適当にあしらっていますよ。今のところシナリオ通りです」
「僕が父さんに執務室に呼ばれて行くと時を同じくして暗殺者が屋敷に侵入し、そして父さんを殺しに執務室へ、そういうシナリオでしたね」
「ええ、そうです」
ガルフレス伯爵はそう言い満足そうに笑う。彼は僕の協力者だ。
貴族派であるガルフレス伯爵にとって国王派の筆頭である父さんはずっと邪魔な存在だったらしい。彼は僕に爵位が欲しくないかと言い、父の暗殺を持ちかけた。もちろん僕は承諾した。ただし、僕が父さんをこの手で殺すという条件付けで。
「これほどまでに無残な様子だと僕だけ無傷という訳にはいかないですね」
そう言って、僕は詠唱を唱え、闇の魔術で自分の肩を自分で傷つける。突き刺すような痛みとともに肩から血がにじむ。既に服は返り血で真っ赤に染まっているので血がいくら滲もうとさほど変わらない。
「随分と冷静ですね。お父上をその手で殺して喜んでいるかと思ったらそうでもなさそうですね」
「喜んでいますよ。ただもとから感情に疎いもので」
そう、喜んでいる。心の底から、僕はずっとこうしたかったのだから、喜ばないはずがない。
「なら、いいのですが」
「あとは伯爵たちが逃げるだけですね」
「ええ、これからはどうか貴族派の一員として働きを期待していますよ。アレクシス・ヴェイフォード公爵」
ガルフレス伯爵にそう言われ、僕は静かに頷く。
こうして僕はその日、実の父親を殺した。
父さんの葬儀は豪勢に行われた。当然だ。宰相であり、国王に忠誠を誓う、筆頭公爵家の当主が死んだのだから。
国王を初め、誰もが父さんの死を悼んだ。
貴族派のシナリオ通り、父さんは暗殺者によって殺された。そういうことになった。
もとから敵は多い人だ。実際いつそうなってもおかしくなかった。
そして葬儀を終え、その数日後、僕は正式にヴェイフォード公爵家を継いだ。
家を継いで数日、ガルフレス伯爵が僕を再び訪ねてきた。
今度はしっかりとした正装で身を包み、正式な客人として屋敷を訪れたのだ。
「アレクシス様、お久しぶりですね。いえ、今はヴェイフォード公爵とお呼びすべきですかね」
そう言って、ガルフレス伯爵は笑う。
「無事に葬儀も終えられ、爵位も無事手に入れられたようで良かったです。どうですか?長年の目標を達した気分は?」
「最高の気分ですよ」
そう言って、僕は笑った。
あの日、父さんを殺してから僕は変わった。それまで何の感情もなく、ただ日々をこなしていただけであったのに、今は妙な高揚感がずっと胸にあった。
何度も何度も父さんを殺す夢を見る。その度に僕は笑いを止められなかった。
「それはそれは良かった。そこまで喜んで貰えて貴方に協力して良かったですよ」
ガルフレス伯爵はそう言って手を叩いて喜んでくれた。それに僕も嬉しくなった。
「ところで実は少々問題がおきまして」
「問題?」
問題という不穏な言葉に本来なら不安になるはずなのに、僕は気持ちが弾んだ。わくわくするようなそんな気分がわきおこる。
「どうしたんですか?」
「実は貴方の父上、オーウェン・ヴェイフォードを殺したのは貴族派ではないかと国王派閥の貴族どもが言いだしまして」
「それは困りましたね」
「ええ、本当です」
ガルフレス伯爵はそう沈んだ声で言う。しかし僕にはどうして伯爵がそんな態度をとるのかわからなかった。
だってそうだろう。邪魔な奴はみんな殺してしまえばいい。
「僕を疑っているのは誰ですか?」
「ハーバル子爵とオベリア侯爵です」
「そうですか」
どちらも父さんの古い友人だ。ますますやる気が上がった。
「その2人、殺してしまってもいいですか?」
「良いのですか?」
「ええ」
だって、1人殺したら、あとはいくら殺そうと一緒だ。そうだろう?
それから僕は貴族派になり、何人もの人を殺した。何人も何人も、邪魔な奴らはみんな殺してやった。
元から闇の魔術は人を殺すのに長けている。僕は苦もなく何十人と殺すことが出来た。
更に僕はガルフレス伯爵に貴族らしい遊び方というやつを教わった。ガルフレス伯爵から教えてもらった遊びは退屈な時間を潰すにはちょうど良かった。
遊びに使える金はいくらでもあった。仮にも公爵家だ。いくらでも財産はある。
もう、誰も僕になにも指図しない、いくらでも好きな事ができた。だって、僕はヴェイフォード公爵家の当主だ。誰も何も言わない。いや、言ったやつは消せばいい。
そう思っていた。
「アレクシス様、どうかもうおやめ下さい」
ある日、クラウスはそう言った。父さんが死んだ後、クラウスは僕に仕えていた。しかし僕にはわかっていた。未だにクラウスの主人は父さんだ。
正直めざわりな存在だった。だからこれはある意味でチャンスだった。
「やめろ?なにを?」
僕はとぼけるようにそう言い、クラウスに笑いかける。クラウスは表情を硬くしたまま僕を見る。
「毎日遊び歩き、領民の税を湯水のごとき使い、このままでは。どうか、正気に戻って下さい」
正気に戻れ。何を言っているんだ?僕はいつだって正気だというのに。
「お前、僕に口答えする気か?たかが使用人の分際で?」
僕のその問いかけにクラウスは答えない。それが答えだった。僕はクラウスにしゃがむようにいった。クラウスはその場に膝をついた。
僕はその顔面に思いっきりけりを食らわせた。クラウスが声を上げて。倒れ込む。
僕は腰の剣を抜くとその剣でクラウスの手を刺した。
悲鳴が上がる。
それに僕は笑った。
「お前達だって、知ってただろう?僕がどんな扱いをされていたかを。知っていて、見て見ぬふりをしていたんだろう?」
クラウスが息を呑む。そう、知らないはずがない。この屋敷で行われていることをクラウスは全て把握していたはずだ。父さんが僕にどう接していたかもずっと見ていた。
「アレクシス様、誤解です!旦那様ずっとアレクシス様のことを」
今更何を言っても遅い。
クラウスが続きを言う前に僕は剣を引き抜き、再度クラウスを刺した。
痛みに耐えるクラウスの声が聞こえる。それに自然と笑みが深くなった。
さて、どうしてやろうかな。そう考えるだけで楽しかった。
「僕の苦しみを少しは味わえばいい」
僕はそう言ってやるとクラウスにとどめを刺した。