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1.誤った道の始まり


 18歳。それは特別な年齢だった。成人の歳。この国では18歳になれば、大人と同等に扱われ、あらゆる事が許されるようになる。

 そう、僕はずっとこの時を待っていた。


「アレクシス様。ご成人おめでとうございます」


 そう言って、使用人達が皆、僕に頭を下げる。使用人達のそれに僕は何も答えず、黙ってそこを通る。

 僕はこの家の使用人達が嫌いだ。こいつらは犬だ。僕の父さんに使える従順な犬。彼らの主人はあくまで僕ではなく、父さんであり、僕のことなんて内心どうでもいいと思っているに違いない。

 だから僕は彼らが嫌いだった。

 僕の前に使用人の一人が立ちふさがるように前に出た。

 前に出てきたその男の顔には見覚えがある。

 僕は嫌いな使用人達の顔も名前も覚えないけど、その男のことは知っていた。

 その男の名前はクラウス。父さんの執事で、昔から父さんに仕え、父さんの為に生きているといっても過言ではない男だ。

 だから僕はこの男が他の使用人達よりも嫌いだった。父さんにだけ従うこの男が。


「アレクシス様。旦那様がお呼びです」


 そう言って、クラウスは頭を下げながらそう言う。

 丁寧な言葉遣いではあったがそこには有無を言わせぬ響きがあった。

 父さんの元に行け。部屋に帰ろうとする僕に使用人の分際でクラウスはそう言う。

 内心酷く腹が立った。何故、僕がわざわざ父さんの元に行かないといけないんだ。本来であれば僕を祝いに父さんの方から来るべきなのに。

 もっとも僕にお祝いの言葉を述べる父さんなんて想像もつかないけれど。

 僕は仕方なく、自分の部屋に戻るのを止め、父さんの執務室へと向かう。

 無駄に広く、豪勢な廊下を通り、父さんの執務室へとたどり着く。大抵、父さんはいつもこの部屋にいた。

 この国の宰相であり、公爵家の当主でもある父さんは非常に多忙で、いつでも山のように仕事があった。

 息子の僕が成人した今日も普段と変わらずここで仕事をしていたようだ。

 父さんはいつだってそうだった。僕に一切構わず、この部屋でいつも仕事をしていた。

 だから僕はこの部屋が嫌いだった。


「失礼します。アレクシスです」


 そう言って、僕は扉を開ける。中には予想通り、机に向かい山のような書類を片付けている父さんがいた。

 僕が入ってきても気にせず、顔を上げず書類を見ている。

 いつもそうだった。いつも父さんは僕を見ない。


「ああ、来たか」


 書類を見たまま父さんはそう言う。

 その声に抑揚はなく、一切の感情が感じられなかった。

 おそらくどうでもいいのだろう。

 父さんにとって僕はいつだって、どうでもいい存在だった。


「お前も無事成人したか」


 相変わらず、父さんは僕を見ない。目の前にいるのにだ。

 視線は書類に向けたまま。まるで僕なんかいないように振る舞う。

 そう、ずっと、ずっとそうだった。

 父さんは僕を全く見てくれない。


「これからお前はこのヴェイフォード公爵家の次期当主として、自覚をもち、今まで以上に気を引き締めて過ごせ」


 父さんは書類を見ながらそう言った。

 成人を迎えた僕に対して、お祝いの言葉は何もなかった。

 当然だ。今まで生きてきた18年間、その間に父さんが僕にお祝いの言葉をくれたことは一度もなかった。

 誕生日だって父さんは僕を祝ったことはない。プレゼントは使用人を経由して渡され、一度も自分で祝ったことがなかった。

 そもそも父さんは僕に興味がないようだった。

 父さんが興味があるのはこの国の将来とこの家のことだけだった。

 ヴェイフォード公爵家。それが僕の家だ。筆頭公爵家であり、国王に忠誠を誓う、古くからある名家だった。

 父さんは僕の事を一度も息子として接してくれたなかった。そのくせ、公爵家の次期当主として厳しい教育を僕にした。

 それは本当に厳しい教育だった。本当に毎日が地獄の様な日々だった。

 僕は物心つく頃から魔術と学問をひたすら学び、公爵家の次期当主として相応しい教養と実力を持つように教育された。

 遊んだ記憶なんてない。楽しかった記憶なんてない。ただただ辛い記憶だけがある。

 それでも逃げずに教育を受け続けたのはいつか父さんが僕を認めてくれる。いつか僕を褒めてくれる。そう信じていたからだ。

 僕は頑張った。ひたすら努力して、必死になって、父さんの望む子供になろうと足掻いた。だけど僕がどんなに努力しても、どんなに頑張っても、父さんは僕を褒めてはくれなかった。

 結局僕の気持ちは全て裏切られた。

 父さんは僕を見ようとしなかい。そもそも僕を見ていない。それなのに、父さんに認めてもらいたいなんて思う方がばかなのだ。

 今更だが内心笑ってしまう。

 もう怒りも覚えなかった。感情なんてものは僕の中ではとうになくなっっていた。

 もう、何も感じない。

 父さんに期待するのは止めた。

 いつか、いつか認めてくれる。きっといつか僕を見てくれる。

 そんなことはない。そう僕もさすがに気づいた。

 例え僕がどんなに努力しようとどんなに頑張ろうと父さんは僕を認めない。

 僕を息子として愛してくれることはけしてない。

 だから今日で終わりだ。

 そう全て終わり。


「アレクシス、私に何か言うことはあるか?」

「いえ」


 今更何を言えと言うんだ。もう僕は決めた。今更話すことなんてあるはずがない。


「そうか」


 父さんはそう呟くとようやく顔を上げた。

 目が合う。

 久しぶりに父さんの顔をこんな近くで見た。

 何の感情も映さない、冷たい瞳。鋭いその瞳は人を寄せ付けぬ雰囲気を持っていた。

 息子である僕に対してもそうだ。

 僕は父さんが笑った顔をみたことがない。いつも父さんは不機嫌そうに口をきつく結び、僕を睨むように見ていた。

 僕と同じ青色の瞳が僕を睨む。

 こうやってみると僕と父さんはその瞳以外似ているところがあまりなかった。

 髪の色も目鼻立ちも僕は父さんにあまり似ていない。

 昔母さん似だと言われたことがあったけど、母さんの姿など覚えていないから本当にそうなのかはわからない。

 もしかしたら、そもそも僕は父さんの実の子供ではないのかもしれない。そう思えばこれまでの扱いのされ方にも納得出来る気がした。


「成人の祝いだが、何か欲しいものはあるか?」

「え?」


 思わず、僕は驚いて、そう言った父さんを見る。

 正直はそれは予想外だった。普段は使用人に全て任せるくせに今になって贈り物を直接僕に送ろうとするだなんて。

 笑ってしまいそうになるのを僕は必死に押さえた。


「いえ、特には」


 今更欲しい物なんて言われても何も思いつくはずがない。いや、思いついたとしてももう遅い。


「そうか」


 父さんはそう言い、ペンを置き、立ち上がる。

 贈り物をとってくるつもりらしい。ここに僕への贈り物があるのだろうか。

 一瞬それが何か確認しようかと思ったけど、止めた。

 それがどんなに素晴らしい物だったとしても、今更もう遅い。

 僕はもう終わりにすると決めたのだから。

 腰に下げられている剣の柄に僕は手をかける。

 殺気を殺す。

 この日を、この日をずっと待っていた。

 小声でそっと僕は詠唱を呟く。同時に僕の影が揺れ、その影が意思を持ち、父さんに向かって動き出した。影は素早く父さんの足に絡みつくと、その身体を拘束する。


「っ!?」


 父さんはすぐに気付いて反撃した。素早く僕の魔術を打ち消そうとする。しかし、僕はその隙を逃さない。

 腰の剣を引き抜き、僕は父さんに斬りかかる。

 父さんの目が見開かれる。

 心底驚いたような表情で僕を見る。

 そんな顔もできたのかと内心思う。

 今更ながらこの人の人間らしい表情を初めて見た。

 だからなんだという話だけど。

 呆然とする父さんに構わず、僕は急所めがけて剣を振り下ろす。

 剣先が父さんの左胸にささる。しかしそれがさらに深く刺さる前に父さんは後ろに飛び、剣から逃れた。

 しまった。一撃で殺せなかった。

 父さんはふらつきながらも何とか立ち、僕と距離を置く。


「な、なぜ、だ?」


 父さんは左胸を押さえ、僕にそう問いかける。問いかけるだけで腰に下げている剣には手を伸ばさない。

 僕なんか相手にする価値もない、そういうつもりか。

 ここまでされても、この人は僕を相手にしない。本当に笑ってしまう。


「何故?それを貴方が僕に問うの?」


 僕はそう言って、息絶え絶えの様子の父さんを見る。

 父さんの青い瞳に僕の顔が移る。そこには無表情で瞳だけ爛々に輝かせた僕がいた。

 その顔が皮肉にもいつもの父さんの顔によく似ていた。

 ああ、やっぱり親子なんだなと今更ながら思った。


「自分が僕に何をしてきたのか考えればわかると思うけど?」


 僕のその言葉に父さんの瞳が揺れる。

 いつも無表情でまるで人形の様だったあの父さんが最後の瞬間が近づく今になってようやく人間らしい感情を見せた。

 それがなんだかとても可笑しかった。


「本当にわからないの?あれだけのことをしたのに?」


 次期当主になる為の教育なんて言えば聞こえはいいけど、僕に行われたそれは教育なんていう生優しいものではなかった。

 朝から晩まで厳しい教師たちに行われたそれは一種の拷問に近く、僕がどんなに傷ついたことか、どんなに苦しんだか。父さんはわかっていないのだろうか。全て父さんの命令で行われていたというのに。

 辛くて辛くて、死よりも苦しいそれを、僕は物心ついたその時から受け続けた。

 その結果がこれだ。僕は可笑しい。

 わかっている。父親を殺し、復讐しようだなんて。そんなことを考えるなんて、僕は相当可笑しい。

 でも、そう育てたのは他の誰でもない、今まさに殺されそうになっている父さんだ。

 だからこれは自業自得。仕方ないことだ。


「ははははは、可笑しくて笑えちゃうよね」


 本当に笑ってしまう。ずっと待っていた。ずっとこの時を。

 自然に口角が上がる。

 楽しくて、嬉しくてしょうがない。だって、ずっとこの手で父さんを殺すことだけを今まで考えてきたんだから。


「さっきの一撃で死んでおけば良かったのに。そうすれば楽にしねたのにね?」


 僕にだって慈悲ぐらいはある。本当は最初の一撃で父さんを殺すつもりだった。しかしそれを拒んだのは父さんだ。だったらもう容赦はしない。

 ゆっくり時間をかけて殺してやろう。

 ずっと、ずっと僕を苦しめてきたのだから。その分を今からじっくりと返していこう。

 僕は笑う。笑わずにはいられなかった。こんなに高揚するのなんて何十年ぶりだろうか。もう自分には何の感情もないとそう思っていたのに、こんなにもはっきりとした感情が残っていただなんて自分でも驚きだ。

 僕は構えていた剣を腰に戻す。そして両手を素っと上げる。それに合わせて僕の影が揺らめき、ゆっくりと動き出す。


「ねえ、父さん。僕の属性が何か知っているよね?」


 父さんは答えない。でも、知らないはずがない。

 僕の属性を知ってから父さんの僕への態度はますます露骨になったのだから。答えない父さんの代わりに僕は自分で答える。


「そうだよ、闇だよ。父さんと母さんの属性を継ぐこともなく、僕の属性は人々に恐れられる闇属性だ」


 本来、魔法の属性は両親から引き継がれることが多い。にも関わらず僕は両親どちらの属性も引き継ぐことが出来ず、最も少ないとされる闇属性だった。

 闇属性の魔術は他の属性に比べ質が悪い魔法が多く、人の命を奪うことも容易い。それゆえ闇属性の魔術師は犯罪者に多く、闇属性というだけで人々に忌み嫌われていた。

 おそらく父さんも僕が闇属性だと知ったて、恐怖したのだろう。

 僕のその恐るべき力に。

 地獄の様な教育のおかげというべきか今の僕は魔術を極めていて、特に僕の属性である闇属性の魔術はほぼ全て扱えるようになっていた。

 そう考えればこれは父さんのおかげともいえる。

 僕は詠唱を唱えながら、父さんに近づく。

 父さんもまた優秀な魔術師で油断はできない。しかし父さんはもう抵抗する気もおきないのか、近づく僕に魔術の詠唱さえしようとしなかった。


「安心してよ。父さんの大事な家は僕がちゃんと継ぐからさ」


 僕も既に成人している。これで父さんが死ねばこの家はもう僕の物だ。もう、父さんは必要ない。

 どんなに努力しても、どんなに頑張ろうと決して僕を見てくれなかった父さん。そんな父さんとも今日でやっとお別れだ。


「ねえ、何か言ったらどうなのさ?」


 僕がそう言うと父さんはようやく顔を上げた。その顔は苦痛に耐えるような顔でその目には何故か悲しみが見てとれた。

 父さんは僕を見ながら静かに言う。


「そうか……私は間違えたのだな」


 ぽつりと呟かれたその一言に僕は足を止める。

 何が間違えただ。今更、今更何を言ってるんだ。

 そんなことに今更気付くなんて。この状況になってやっとわかるなんて。そうまで僕に興味がないなんて。

 悔しくて唇を噛みしめる。

 結局、この人は最後の最後まで僕という存在を全く見ていなかった。


「もうなにもかも遅いんだよ!」


 僕は憎しみのまま闇魔術を発動させる。闇によってつくられた影が鋭利な刃物になり、父さんを切り裂く。

 父さんはまともに防御もできず、それを受け止める。

 うめき声を漏らし、苦しむ父さんの様子に自然と笑みがこぼれた。

 父さんの苦しむ顔をもっと見ようとその顔をのぞき込んだその時だった。父さんの手が伸び、僕の胸ぐらを掴む。

 反撃される。とっさにそう思い、僕は素早く父さんを攻撃する。

 その攻撃が父さんに届くその瞬間、父さんの唇が動く。

 声はかすれていて、とうてい聴き取れる様なものではなかったのに、それは僕の耳にしっかりと届いた。


「すまなかった」


 たった一言、その言葉が僕の耳に届いたその瞬間、僕の攻撃が父さんの胸を貫き、殺した。

 気づけば僕は叫びながら、もう動かない父さんを何度も何度も闇の魔法で攻撃した。血なまぐさい匂いとおびただしい鮮血が部屋に溢れる。

 それでも僕は止めることができなかった。

 何度も何度も。

 僕は腰の剣を再び引き抜くとその剣で父さんだったものをひたすら刺した。

 何度も何度も父さんを刺す。剣も、魔法も使えるものは全て使った。

 返り血が僕の身体を汚す。おびただしいほどの血が床や部屋に広がり、汚した。

 それでも僕は止めなかった。

 もはや原型さえのこらなくなってきたところで僕はようやく手を止めた。

 父さんはもう動かない。

 当然だ。僕が殺したんだから。

 もう動かない。もう。


「今更、謝ったって、もう遅いんだよ」


 僕はそう言うと黙って立ち上がり、血まみれの剣を見た。

 もしももっと早く、もっと早く謝っていれば、こんなことにはならなかったのに。


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