幽霊な女
奇妙な世界へ……………
俺は寺岡准。居酒屋で働く平凡な大学生だ。
俺が働いている居酒屋、『呑兵衛』は、全国的に広がっている居酒屋チェーン店で、時給も良く、働き甲斐がある、良き店…なのだが…ある1つの問題があった。
それは店長である栗田啓太のパワハラだ。それは本当に酷く、客の前では温厚な性格を見せるが、俺達アルバイトの前では鬼のようにネチネチと言ってきたりする。実際、店長のパワハラによって辞めてしまった者も少なくはない。更に、店長の父はまさかの俺が働いている居酒屋『呑兵衛』の社長、栗田耕作なので、仮に奴を訴えても、逆に名誉毀損で訴えられてしまう。そのため、奴のパワハラを見過ごす他無かった。
そんなある日の事、店の開店前、俺はテーブル拭きをしていた。すると、店に電話がかかってきた。
「はい、呑兵衛です!」
「すいません、今日の午後6時半に10名で予約をしたいんですけれども」
「あぁ、はい。午後6時半に10名ですね。了解いたしました」
すると、電話が切れた。
俺は店長に予約の事を伝えに行った。
「店長、午後6時半から10名の予約が入りました」
「あっそう」
店長のそっけない態度に俺はもう慣れていた。
午後5時半、店を開店した。
店の中には何人かのサラリーマンやらOLが入っていった。
「すいません!注文イイっすか?」
「あっ、わかりました」
俺は注文の声が聞こえた10番テーブルに向かった。
「とりあえず生と、カシスオレンジと…」
「はい、生とカシスオレンジ…他には」
「えっと、焼き鳥10本セットと枝豆を」
「はい、焼き鳥10本セットと枝豆ですね」
俺は注文された料理を伝える為、厨房に戻ろうとした。すると、予約席である12番テーブルが目に入った。そこには何故か、1人の女性がこちらを見て座っていた。
「ん?」
俺は目を擦った。しかし、そこには1人の女性が座ったままだった。しかし、その女性は奇妙だった。何故か透けていたのだ。
「?」
俺は奇妙に思いつつも、厨房に向かった。
話が変わるが、俺は霊感があり、今のような女が、幽霊だとすぐに察せた。
数分後、10番テーブルに料理を持っていっても、12番テーブルにいた女性はまだいた。
結局、予約客が来るまで、あの女性は居座っていた。
それから、店を閉店するまで、あの女性は何だったのか、よくわからなかった。
俺は更衣室で服を着替えていると、アルバイト仲間の小沢浩二が話しかけてきた。
「なぁ、寺岡」
「ん?どうしたよ、小沢?」
「あのさ、2階の12番テーブルにさ、なんか、いたよな…」
「あ、あぁ…」
「あの女なんだろうな…」
「お前、霊感、ある方か?」
「ある訳ねぇだろ!あんなのが見えたら堪ったもんじゃない!」
「……」
すると、同じくアルバイト仲間の杉野歩が話しかけてきた。
「えっ?二人共、見たんですか?幽霊の女…」
「どうした、杉野…………!?お前、まさか…」
「見えたんですよ、幽霊の女!」
すると、他のアルバイト仲間も『あの女を見た』と言ってきた。
「お前ら、一旦落ち着け!」
すると、バイトリーダーである柏木仁さんが口を開けた。
「とりあえず、この件についてはまず店長に言ったほうがいい。その後の行動は店長に任せるしかない」
皆は暫く『う〜ん』となっていたが、結局、この事を店長に伝える事にした。
「フ〜ン…幽霊ねぇ…」
店長は意外にも真面目に取り合ってくれた。
「はい。どうやらバイト全員が見たと言っているそうで…」
「へぇ…そうなの」
「えぇ。なので、一旦お寺の人に頼んで…」
「うっせぇなぁ!」
すると、店長は柏木さんに持っていたペットボトルを投げつけた。
「痛っ…」
「何が幽霊だ!お前ら馬鹿じゃねぇのか?そんなのいる訳ねぇだろ!全員幻覚でも見たんじゃねえのか?」
「こ、この…」
俺は怒りが爆発し、店長に殴ろうとした時、柏木に抑えられた。
「や、やめろ!寺岡!」
「で…ですが!」
「すいません!店長!後でコイツに叱っておきますので…」
「チッ…柏木、俺はもう帰るから後はよろしく頼む」
店長はその場を去った。
「………」
「寺岡、一旦落ち着け…」
「すいません…柏木さん」
「とりあえず、あの幽霊は忘れる事にしよう。いいな」
「はい…」
次の日、俺がまたテーブル拭きをしている時の事。トイレから何故か店長の叫び声が聞こえた。
「ギャァァァァァァ!」
「な、何だ?」
俺はトイレに向かうと、既に柏木さんもいた。
「店長、どうしました?」
「そ、そこに、ゆ、ゆ、ゆ、幽霊が!」
店長は個室トイレの中を指さした。俺と柏木さんが中を覗くと、そこには昨日の幽霊の女が、そこに立っていた。
「あ、あぁ…」
「やっぱり…いたか」
すると、店長が口を開いた。
「た…事ある…」
「ん?なんすか?」
「み…見た事ある…こ、この女…」
「えっ!見たことあるですか!」
「あぁ…そうだよ…」
店長の話によると、この幽霊は店長が大学生の時に出会った女だそうだ。(ナンパで捕まえたそうだ)女の名は富樫由美子。由美子と店長は付き合っていって、最終的に結婚をしたのだが、由美子が妊娠をした時を境に、二人の関係は崩れた。どうやら店長にとって由美子は遊びだったというのだ。店長は由美子が妊娠した事を打ち明けた際に由美子の首を締め、中の子供ごと殺した。後は親のコネを使い、この事を隠蔽したのだと言う。
「そ、そんな事が…」
「店長…」
すると、幽霊が店長に近づいてきた。
「ヒィ!な、何だ!」
幽霊は店長の顔を触り、キスをした。
「アナタ…」
「由美子…」
「なんだコレ?」
「さ、さぁ…」
「アナタ………………………………ユルサナイ」
すると、幽霊は消えた。
次の日から、幽霊は出てくることはなかった。その代わり、店長も来ることはなく、新しい店長に変わった。風の噂では前店長は、山で自殺したとか言われている。
あの幽霊騒動から数ヶ月経った。俺達はあの時の事を忘れていた。
そして、俺はまた見てしまった。テーブルに居座る、男の幽霊が。しかし、何故かその幽霊は前店長に似ていた気がした。
俺は柏木さんに相談をすると、新店長にこの事を言う事になった。
「店長!」
「何だ?」
「実は、幽霊を見てしまって…」
そう言うと、新店長、堺秀彦は妖しい笑顔でこちらを見た。
「ほほう。そうか。……………………それでさ、その幽霊って、前店長の栗田に似てなかった?」
その目には何かを狙っている感じであった。
読んでいただきありがとうございました……………