草原の勇者は大平原に願う
軍楽隊の奏でる必勝を期した演奏に見送られ、祖国の勇敢なる騎士たちは戦地へと旅立った。
その勇壮たる姿を曇りなき眼に焼き付け、いつか自らもその背中に追い付く事を誓う少年少女たち。
訓練用の木剣を毎日汗だくになるまで振るい、もっと強く――。早く強く――。と渇望する。暁から黄昏どきまで鍛錬、鍛錬、鍛錬。
「焦る事はありません。ゆっくりでも着実に、父や兄のように強くなりなさい」見かねた母が優しく諭す。
「いいえ、母上。頼れる父や兄がいないからこそ僕が強くなり母上をお守りするのです」対して大言壮語で返す未熟な勇士。
甘えん坊だった未子の成長した姿に母は熱くなった目頭を人知れず拭うのだった。
『草原の国』と称される所以の大平原で、剣戟を交える少年少女。
何百試合こなしてきたか。何千回打ち合ってきたか。いつもヘトヘトになって新緑の母なる大地に皆で倒れ伏すのが常だった。
誰かが言った。「来てみろ、みんな」と。
丘の上から臨む祖国の悠久の大地はこの国の平和と誇りの象徴。沈む夕日が鮮やか且つ激情的に照らすこの景色は世界一だと自負している。隣に立つ幼馴染みが「わぁ!」と感嘆の声を上げる。見慣れた景色だろうに何を今更、と思いつつその眩い横顔をつい見つめてしまう。
遠く彼方では草原の勇者たちが戦場を縦横無尽に駆けていることだろう。勇者たちが凱旋した暁にはこの美しい景色を共に眺めたい。
「祖国の大地を守る為、戦い抜く事をここに誓おう!」
友が掲げた訓練剣に剣を重ね、皆で笑い合った。
祖国の勇者たちが遠征してから一年の月日が流れた。帝国との戦争は一進一退を繰り広げ、同盟連合軍は現在国境付近で陣を張っており、これより決戦に臨むという。
父の手紙には帰ったら祖国の味を堪能したいとあり、兄の手紙には強くなったお前の相手をしてやりたいと綴ってあった。
望みはどちらも叶うだろう。手紙はもう間に合わないだろうから、ただただ武運を祈った。
いつも通りの訓練に励む。今日は幼馴染みと二人きりでの訓練。自らの剣が相手の剣を弾く。またやっても同じように弾く。何度やっても弾く。弾く。弾く。負けることはなかった。……彼女は弱かった。
前々から告げようと思っていた事を今こそ言おう。
「お前は戦わなくていい。いざとなったら皆を連れて共に逃げろ」と。予想通り憤慨した幼馴染みは僕を睨み据えて反論する。
「馬鹿にするな。私を愚弄する気か、騎士である私が敵を前にして逃げる訳があるか!」そのまま背を向けて去っていく幼馴染み。
違うんだよ。きみを愚弄する気なんてない。ただ、きみを危険に晒したくないだけ、死なせたくないだけだ。その想い自体がきみを愚弄するのだとしても……。
その言葉を伝える事はできなかった。
戦地からもたらされた最後の報告。
同盟連合は優勢に戦いを進め勝利は目前とのことだった。戦勝の吉報を今か今かと待つ草原の国では凱旋を祝う準備が催されていた。
しかし、僕らは知らなかった。帝国軍の策略により、誘い込まれた同盟連合が奇襲を受け壊滅的被害を受けた事を。戦地へと赴いた父や兄たち歴戦の騎士たちが夜空に煌めく星になったことを……。
そしてその事実を知った時には祖国の悠久の大地が、平和と誇りの象徴の大平原が、戦乱に巻き込まれることを。
遠方より大地を揺らし迫り来るのは残虐非道の悪魔といわれる帝国兵。誰しもが現実を直ぐには受け入れられなかった。愛する者の死を悟り悲観に暮れる人々。脳裏に父や兄の出征前の勇壮な姿がチラと浮かんだ。
現実を受け入れなければならない。誰かが戦わなければならない。戦える者は限られているのだから。
母に敬礼し今までの感謝を述べ、急ぎ招集の掛かった城へと向かう。涙を流し腕を伸ばす母、それが最後に見た母の姿。
招集されたのは初陣すら飾れていない若輩の騎士。顔面蒼白で歯をガチガチと鳴らし、これから向かう死への旅路に恐怖する。
隣には幼馴染みの姿。気丈に振る舞い、立派な騎士であらんとするその姿を見て、ああ。と思う。
もう戦う事を止めはしない。僕は騎士で、きみも騎士だ。きみの騎士道を踏み躙ることはきみを殺すと同じ事なんだ。ならばせめて、せめて戦場で共に戦おう。命尽きるまで。
軍楽隊の奏でる必勝を期した演奏が、悲しく響く。もう戻る事はない。経験などなくても直感がそう告げている。
だとしても、さあ、行こう! 誇りを胸に草原の勇者の勇姿を。我等が大音声を母なる大地に響かせよう!
草原を埋め尽くす帝国の兵士たち。我が物顔で闊歩し、蹂躙するその姿に例えようもない怒りが込み上げる。
ふざけるな……。ここは――。貴様ら余所者が、貴様ら如き蛮族どもが踏み荒らしていい大地ではないッ!!
激情を糧に帝国兵を討つ。討つ。討つ……。
一団となって突撃したはずの仲間の姿はもうない。
最後まで共に在りたかった幼馴染みの姿もない。
力尽き動かなくなる身体、視界が歪み暗くなっていく……。
願わくばどうか……いつの日か祖国の悠久の大地に……我等が草原の王国に……再び暁の光が照らされん事を……。
仙道様の楽曲を聴いてインスピレーションのままに書いた作品になります。
楽曲を何度も聴き、リズム感を大事にして書いたつもりです。
仙道様の素敵な楽曲を聴きながら読んで頂きますと、曲のお陰で私如きの作品にも臨場感が出るかもしれません。
お読み下さりありがとうございました。