姉妹とお祭り
小気味よいリズムが聞こえる。
ミヨは家族四人で暮らしていた頃の夢の中にいた。遠くに音を聞きながら目覚めたが、自分がどこにいるのか、すぐには思い出せない。
――リップルと旅してるんだった。
「あ、はい!」
何度目かのノックの音に慌てて、ミヨはガバッと起き上がった。
「お客さん、起こしちまったかい? 頼みがあるんだけど、いいかい?」
声は宿の女将さんだ。
時計は、まもなく正午。ずいぶん寝過ごしてしまった。
「すぐに降ります!」
ドアに向かってそう言うと、
「悪いねぇ」
そう言葉を残し足音が階段を降りていく。
「ミヨ姉ぇ、このお肉……かたいよぉ……」
リップルは隣で枕をしがみながら、まだ夢の中だ。
※※※
女将さんの頼みとは、トレース・ギアを使って、村のお祭りの準備を手伝ってほしいというものだった。祭りの時には飾りたてた大きな柱を中央広場に立てる習わしなのだという。毎年、その柱を立てる時にはトレース・ギアを使うのだが、戦争に駆り出されて一機も残っていなかった。今年は柱なしで祭りをやるしかないかと半ば諦めていたところへ、ちょうどミヨたちが村へ立ち寄ったのだという。
「オーライ、オーライ。ミヨ姉ぇ、ちょい右。すこーし手前……ストップぅ!」
全高六メートルのトレース・ギアを遥かに越える、約十五メートルの大きな竹にびっしりと花と人形が飾り付けられている。ミヨはギアで、柱を真っすぐに支えた。飾りを傷つけないように、細心の注意を払いながら。
「どうですか?」
ギアの手足の動きをサイドブレーキで固定すると、ハッチを開けてミヨが言った。
「いいよ! そのまま支えててくれ! 俺たちが縄で固定するから!」
「はーい」
村の男たちが柱を引き起こす時に使った六本の縄を均等に引っ張って、ペグを打っていく。
その様子を見ながら、ミヨはギアを使って庭のもみの木にクリスマスの飾り付けをする父親を思い出していた。
「終わったぞ!」
「こっちも終わった!」
「完成だ!」
広場での作業を遠巻きに見守っていた女性や子どもたちから拍手と歓声が沸き上がる。
「よぉし。お嬢ちゃん、ロープに気を付けてそっと離れてくれ!」
「はーい」
※※※
ギアを宿の裏手の空きスペースに駐機する。膝を折り、しゃがんだ姿勢を取って、エンジンを切る。広場のあたりから、活気のある声が聞こえてくる。
ギアの腕を伝って地面に降り、ミヨは大きく伸びをした。そばの物干し竿では洗いたてのシーツが風に揺れていた。
――お日さまの匂い。お母さんの匂いだ。
「ムヨ姉ぇ! オバさんがモ昼モはんを用意してくれたよ!」
そう言うリップルの手には、大麦の堅焼きパンと野菜スープのマグカップ。パンをスープに浸して柔らかくなったところを口いっぱいに頬張りながら喋るので、モゴモゴとくぐもっている。
「リップルったら。食べるか喋るか、どっちかにしようよ」
「ささ、お嬢ちゃんも食べて」
女将さんがニコニコと、堅焼きパンとスープをミヨに差し出した。
「お礼をいただく程のことは」
「なぁに言ってんだい。見てごらんよ。あんたらのお陰でみーんな笑顔だよ。これは仕事のお礼じゃないよ。みんなの笑顔のお礼さね」
「じゃあ……いただきます」
ミヨも今度は素直に受け取った。
「あのね、スープにこうして……漬けて食べると美味しいよ!」
「リップルちゃん、お代わりはどう?」
「うん! ありがとう!」
※※※
広場ではさっき立てた柱の周りに花と人形の飾り付けが施されていく。人形は、青、緑、赤の服を着せられている。
「人形飾りの服の色には意味があってね」
女将さんが話し始めた。
「青い服が祈りのお人形。緑の服が育みのお人形。赤い服が願いのお人形」
「祈り、育み、願い?」
リップルがオウム返しにそう言うのへ、ニッコリと笑いながら女将さんは続けた。
「死んだ村人への祈りと、今生きてる村人の育み、そして生まれてくる子たちへの願いさね。お祭りはね。死んじまった人も、今生きてる人も、これから生まれてくる人も、みーんなでお祝いするんだよ」
言われて広場を見渡すと、女や子どもが多い。
「男たちはみんな戦争に持ってかれちゃったのさ。ウチの亭主もね。こんな田舎じゃ、王位の継承もなんも知ったこっちゃない。早く戦なんて終わってくんないもんかね……」
――私たちは戦争のお陰で、こうして旅を続けてるけれど、その戦争のせいで、たくさんの人が苦しんでる……。
ミヨはこれまでの旅で出会った傭兵たちのことを思い出していた。傭兵を雇うだけのお金のない国では、無理やり戦争に駆り出されている人もいる。ミヨはこの時、初めてその事を知った。
「ねぇ、オバさん。お祭りってどんなことするの?」
「みんなで歌って、踊るのさ。平和な世の中になりますようにってね」
「楽しそう!」
「えぇ、そりゃもう。リップルちゃんはお祭りは初めてかい?」
「うん! ねぇ、ミヨ姉ぇ……」
リップルがミヨの袖をつまんで、言いにくそうに見上げている。
「部屋は空いてるよ」
女将さんがリップルに助け舟を出す。ミヨも元からそのつもりだった。
「そうね。急ぐ旅でもないし。もう一泊しましょうか」
「ミヨ姉ぇ、ありがとう!」
「買い物は早い方がいいよ。今日はみんな早仕舞いだからね。お祭りは日没からだよ」
「はい、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたぁ!」
※※※
ミヨとリップルが女将さんに教わりながら作ったお人形を持って広場にやってきてみると、村人たちは柱を囲んで、楽器を爪弾いたり、二人一組でくるくると踊ったりしている。ビールジョッキを相方に一人で踊っている人もいた。
赤い毛糸の髪の、青い服と緑の服のお人形をミヨが、青い毛糸の髪の、青い服と緑の服のお人形をリップルが、それぞれ大事に両手に抱えて柱のところまで来ると、柱の足元には他にもたくさんのお人形が花と一緒に置かれていた。
「ここに置かせてもらう?」
「うん!」
ミヨが父親の人形と自分の人形を置いたその横に、リップルも自分の人形と母親の人形を置く。
「パパ、ママ、お祭り、一緒に楽しもうね」
リップルがそう言うと、ミヨはリップルを優しく抱きしめた。
「さ、リップル、踊ろう!」
「うん!」