休日の作り方(4)
「ふいーっ……」
おあああ~っ、滝湯!
天然の岩場を利用して作られた、公共の浴場。壁際の岩の上であぐらをかき、頭上から降り注ぐ湯に当たりながら、俺はいかにもおっさんらしい声を漏らした。
ウアラウの名物はファイント山脈の恵みと、この温泉。グランツォが貴族の避暑地だとしたら、ウアラウは俺達平民の保養地みてえなとこだ。
周囲を見渡せば、浴場には爺さんやら子供やらがちらほら。露天の風呂にゃ湯治客が数人。寂れちゃいねえが、いつでもそこそこの人しかいねえ。ま、ウアラウってのはそんな場所だ。
そんで、何故俺が風呂してるかってえと、治療院を出る時イーデンに言われたからだ。体を温めることで新陳代謝が何とかで、体の毒素を排出すんだとか、要は疲れが抜けんだとか。
健康的かどうかはさておき、寒い時に温かい湯に浸かれんのはいいもんだ。目の前の露天もいいが、この滝湯ってのが格別にいい。肩に落ちる湯の刺激が病み付きになりそうだ。
この国と小競り合いを続けてる東の国、ガオファンってとこじゃあ他にも色んな様式の風呂があるらしいが、俺にゃこの滝湯があれば充分さ。
俺は左肩に手を当て、ゴリキと鳴らし、
「さってと……」
手ぬぐい片手に立ち上がった。
囲いの向こうにそびえる峻険な雪山を望み、息を吐く。
名残惜しいが、そろそろ時間だ。グウェンと合流する前、昼飯までに野暮用を片付けにゃあな。
「すみません! どうしても無理なんです!」
「なあ、姉ちゃんよ。そこを何とか、な? この書類にちっくら名前を書いてくれるだけでいいんだよ」
「だから、それが無理なんです! もうホントに勘弁していただけませんか!?」
ウアラウの街角にある、小さな建物。風呂から上がった俺は、ギルドの事務所、そのカウンターで受付嬢と問答をしている。
探索者ってのは迷宮に潜るだけが仕事じゃねえ。隊商の護衛だの迷宮産物の運搬だの、稼ぎ方はいくらでもある。そういう仕事の払いや各種手続きのため、ギルドはこういう窓口を各所に開いてる。
しかしどうしたことか、全く話が進まねえ。一体何がどうしたってんだ。
痺れを切らしながらも、俺は平静を装い、
「おかしいだろうに。こりゃ別に難しいことじゃねえ、責任だ何だが伴う手続きじゃねえ筈だぜ?」
「通常はそうです! でも、エマさんの場合は別で、上から言われて仕方なくなんです! 信じてください!」
そう叫び、ほぼ半泣きになりながら、受付嬢はカウンターの上に一枚の紙を取り出した。ギルド上層部からの指示書らしきそれに嫌な予感を覚えながら、目を通す。
文面はこうだ。
『ファイント領、各所各部門へ通達です。エマという上腕二頭筋と大胸筋がパツパツのスケベな男が降級願いを持ってきても、受理しないように。むしろうっかり間違えたーとか何とかで特級に上げちゃってください。なに、一度やってしまえばこっちのものです。ヴァイスや王都でも同じように対応してもらうよう手配します。みんなよろしくね。追伸、袖の下は受け取らないけど内緒話は大歓迎だゾ! ファイントのギルマス、みんなのリベリーより☆』
読み終えた俺は、カウンターからふらりと離れ、
「分かった、邪魔したな……」
「すみません、本当に……」
心底申し訳なさそうな受付嬢に同情しつつ、事務所を後にした。
街に出て、雪の残る道を歩く。石で設えられた橋を渡り、立ち止まる。欄干に腕を乗せ、川を眺める。そして、考える。
法を学ぼう。
この国の法を理解し、抜け道を見付け、合法的にリベリーを始末する方法を学ぶんだ。
俺がクソ野郎抹殺計画を真剣に練っていると、背後をゴトゴトと馬車が通り過ぎ、橋のたもとに停車した。
貴族の馬車だ。
その馬車から小さな人影が下り立ち、ふらふらとこちらにやってくる。
グウェンだ。
俺は傍まで歩いてきた小さな嫁に、
「何だ? 何かあったのか?」
「ちょっと、捕まっちゃって……」
ガラガラと音を立てて去っていく馬車を横目に、俺はグウェンを持ち上げ、橋の欄干に腰掛けさせた。
川の上、足をぷらぷらさせるグウェンの隣、俺は肘を突き、
「なあ、グウェン。こっからファイントまで、お前の氷は届くか?」
「この距離を? やってみないと分からない」
「そんでよ、的確にリベリーだけを氷漬けにしたりは出来ねえか?」
「そこまで繊細な操作はちょっと……」
「そうか……」
憎しみは人を狂わせる。
こんなことでグウェンを頼りたくはねえが、俺にはもう、どうしようもねえんだ……。
俺が溜息を吐き、こめかみを押さえ唸っていると、
「その様子だと、また降級願いが受理されなかったの?」
「ああ……」
「ここからツェンタイルまではすぐだし、そっちで手続きをする?」
「それも手だな」
そうだ。ツェンタイルならあのボケの手も回ってねえだろう。こないだはバタバタしちまったし、世界一の都をゆっくり観光ってのも悪かねえ。
何とか気分を切り替えた俺に、グウェンは顔を上げ、
「あ、でも、エマ。もう少しウアラウの滞在を伸ばしてもいい?」
「うん? ここが気に入ったのか?」
勿論、俺は反対しねえ。しばらくはイーデンとこに通わにゃならんし、あそこで会った婆ちゃんの食堂に顔を出さにゃと思ってたとこだからだ。
何より、グウェンがここを気に入ったのなら、それでいい。
そっから先、もしウアラウに腰を落ち着けるとして、ここにゃ迷宮がねえから採取に不自由するだろうが、そん時ゃ山での暮らしを覚えりゃいい。
冬のウアラウ。昼の太陽が青い空に輝く、山の街。
グウェンはさらさらと流れる川面に視線を落とし、
「ちょっと、色々面倒で……」




