休日の作り方(1)
「ふいーっ……」
陶器の浴槽と、波紋を描く湯の表面。簡素な木の浴室にこもる、白い湯気。
心地のいい温度の湯に浸かりながら、俺は長い息を吐いた。
ファイントを出た、その翌日。疲れ果て、とにかくゆっくりしたかった俺達は、ファイント領北部にあるウアラウという街を訪れ、宿を取った。
俺はうつらうつら、浴室に漂う湯気を眺め、
「どうすっかな……」
煙ってのは、色んなもんを人に連想させる。考えてんのは、グウェンへの贈り物のこと。その手始めである木のカップ、肌に彫る模様のことだ。
急ぎでもないが、このままダラダラしてるとまた機会を逃しっちまう。決めることはさっさと決めて、でなけりゃいつまで経ってもモノってのは完成しねえ。
あいつは確か、兎の模様を気に入ってた。それを軸に蔓を巻かせて、いや、草原のような葉を添えるか……。
絶え間なく、緩やかに形を変える煙を追い、頭の中に浮かぶ輪郭を明確なものに変えていく。
さて、と。
俺は湯船のお湯を手ですくい、軽く顔を洗って立ち上がった。
ダラッとすんのはいいが、長湯は趣味じゃねえ。いくつか思い付いたことがあんし、イメージが零れちまわねえうちに、パターンの組み合わせを紙に描き起こさにゃならん。
湯船から上がり、体に付いた水分を適度に魔法で乾燥させる。下着とズボンを履き、タオルで髪を拭きながら浴槽を振り向き、思う。
そういやグウェンはもう風呂に入ったんだっけか。湯船の湯を始末せにゃならんが、この量を消すのは俺の魔法じゃ無理だ。水回りはあいつに任せよう。
そう考え、脱衣所の扉を開け、
「おぉい、グウェン。風呂の湯なんだが、よ……?」
唐突な威圧感。
俺の目の前、浴室の前に、ドデカイ氷の鎧が突っ立ていた。見上げれば、バイザーの奥の暗闇に真っ赤な二つの光が並んでる。
真紅の瞳、完成した魔女の証明は、俺を見下ろし、
『お湯?』
「お、おう……」
固まる俺を前に、グウェンは鎧の右手、その人差し指をすいと上げ、
『消したよ』
「お、おう。ありがとな……」
たじたじになりながら、礼を言う。大きな体をのしっと移動させ、道を開けたグウェンに、
「グウェン。お前、その鎧は……」
『最小出力だから、宿の床は抜けないよ』
「ああ。そりゃ、いいことだ……」
迷宮で聞くズシズシな足音も聞こえねえし、心配はねえようだ。いやそうじゃねえ。何だ、どうした。一体何があった。
グウェンは浴室から部屋に戻った俺に、
『エマ、そこの椅子に座って。背もたれを抱えて、背中をこっちに』
「お、おう……?」
室内用のサンダルを履くのも忘れ、ぺたぺたと床を歩き、俺は椅子に座った。背もたれを抱え、グウェンに背中を向ける。
そこで、本能的に悟った。
死?
これ、死? 俺、これから殺されんのか?
よく分からねえまま、俺がよく分からん覚悟をキメていると、
『痛かったら、言ってね』
「お、おうっ!?」
つべたっ!
氷の掌で肩と二の腕をがっちりホールドされた。そして、
「ッッ……!!」
そのまま、グウェンは俺の上半身をミチミチと締め付けてきやがった。風呂上がりだってのに、俺の体温は既に冷え冷え、全身イヤな汗が噴き出しまくり。せっかく風呂で思い付いた模様も、どっかに飛んでっちまった。
いいんだ。覚悟はしてた。
グウェンは、魔女ってのはこういう生き物なんだ。だが、どういう経緯でこの決断に至ったのか、せめて理由くれえは聞いときてえ。
氷の圧力に耐えつつ、俺が口を開こうとすると、
『きく?』
流石グウェンだ。情けをくれるとは有り難え。
俺が何とか首を縦に振ると、
『あれ? ダメだった?』
間の抜けた声と共に、俺を固めていた氷の鎧がぱっと霧散した。
何が何やら。解放された俺がひとまずほっとし、肩越しに振り向けば、
「ボクの見立てだと、首と、あとは背中のここが凝ってる筈なんだ……」
白い肌に普段着のワンピース。
肩まで伸びた銀髪に赤い瞳の、一人の少女。
氷の魔女は、俺の首やら肩甲骨の辺りを真面目な顔でポコポコ叩き始めた。
俺はされるがまま、必死になって背中を押す小さな嫁さんに、
「何やってんだ、お前?」




