8 被害者は何をしていたか
「ここで何を調べているのですか」
と祐介が、畑中に尋ねる。
「このあたりに死体が倒れていたんだが、その下に被害者が自ら体を引きずって移動したらしい跡があったんだよ。それについて検証していたんだ」
と畑中は、眉をひそめつつ言った。畑中の説明によると、それはわずか五十センチ程度の距離のようだったが、手足を拘束されていた被害者が、なんらかの意思をもって動いていた証拠だと、百合菜は思った。
「なるほど。這って移動したというのは、刃物で背中を刺された後のことですか?」
祐介は一つ一つ丁寧に質問し、当時の状況を頭の中で再現しようと試みているようだった。
「ああ、そうらしいな。這った跡から血液反応が出ているから、刺された後に血を流しながら移動したものらしい」
「すると被害者は即死ではなかったのですね」
「ああ。実際、何時間かは生きていたようだ。しかし、失血死してしまった。その間に、手足を拘束されながらも這って移動して、ここでなにかを行っていたらしいな」
百合菜は、恐ろしい話だな、と思って、胡麻博士の方を振り返ると、彼は静かに合掌していた。
口元がかすかに動いている。何を唱えているのかと口の動きをよくよく見ると、それは南無阿弥陀仏の六文字だった。また、六文字か、と百合菜は思った。
「なにかを行うというと、落ちていたカードの束を拾って、ダイイングメッセージをつくっていたんじゃないですか」
と祐介がもっとも妥当とも思われる説を言うと、畑中を首を横に振りながら、
「あの信綱、重頼、天海ってやつだろう。しかし、被害者が死際にそんなメッセージを残すかね。いくら歴史学者とはいえ……」
と言った。
残すわけないとは百合菜も思っている。しかし現に残っているものはしょうがない。ところで、気になることが一つあったので、百合菜は畑中に尋ねた。
「あの、被害者は手足を拘束されていましたよね。それでも、カードを選び出すことができたのでしょうか?」
「ああ、それは可能だったんですよ。被害者は体の前で、手を縄で縛られていて、わりと自由が効いたようです」
「あと、土手の下は真っ暗だと思うんですけど……」
「それも大丈夫です。被害者の腕時計に付いているライトがつけっぱなしになっていたので、それを照明にして、カードを選んだのだと思います」
「そうなんですか……」
百合菜は、おかしな気がした。被害者を拘束するのに、犯人は何故、体の前で手を縛ったのだろう。背中側で、手を縛れば、こんなことにはならなかったはずだ。そこにカードがあったことも不自然だ。そして、極めつけはつけっぱなしになっていた腕時計のライト。
「あの、そのライトって、手を拘束された被害者が、自力でつけることができたのですか?」
「いえ、それはできなかったはずです。手首に縄がついていて、指はボタンに届かなかったはずです」
妙だな、と百合菜は思った。自力でライトをつけられないのなら、犯人がつけたことになるんじゃないか、元からついていたのなら、被害者の手を縛る時に否が応でも気がつくはずだ、となるとやはり犯人がライトをつけたことになるが、何のために、と百合菜は名探偵になりきって考える。
「羽黒。それと、面白い情報を入手したよ。あの漢字カード、一枚、カードがなくなっていたんだよ」
「ああ、知っていますよ。『田』のカードでしょう?」
と祐介がすかさず言った。被害者の娘が、ゲーム中に興奮して、折って使えなくしてしまったというカードだ。
「それだけじゃないんだ。『源』のカードもなくなっていたんだ」
「えっ『源』って、源氏の源ですか?」
「ああ」
「そんなカード、元から入ってなかったのではないですか?」
「そんなことはないさ。なんでも、カードゲームをした時『源義経』という役を奥さんが真っ先につくったそうだから、その時までは確かに存在したんだよ」
「『源』ねぇ」
と祐介は頷く。頷いているが、なにもひらめいていなさそうなのが百合菜には分かった。
「ところで、現場の足跡を調べるともっとも真新しい足跡は、奥さんのものだったんだよ。そして死体発見後、源田と坂野の二人は、駆けつける警察と救急隊の案内をするために道路に出たので、この時、奥さんは死体と二人っきりになったわけだ」
「すると、奥さんが怪しいというのですか?」
と祐介が尋ねる。
「俺はもっとも怪しいと思うんだよな。実は、奥さんの鞄の中から俺はあるものを発見しているんだ。ちょっとこれを見てみろ」
と畑中刑事は言うと、にやりと笑った。そして、鞄からあるものを取り出し、それを祐介に見せた。




