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7 新河岸川の舟運と刑事たち

「漢字カードについても教えていただけますか?」

 と祐介は、手帳をめくりながら質問した。


「漢字カード、あれは板野さんが発案されたものだそうです。主人は夕食後に、わたしと娘と、そしてお客さんのお二人とともにそのゲームをしました。これがなかなか面白くて、日頃はゲームなど一切しない主人も、ものすごく楽しそうにしていました。ところが、娘が『武田信玄』という役を揃えようとして、興奮のあまり『田』というカードを思いきり折ってしまったんです。『田』というカードはそれ一枚だったらしく、主人は『坂上田村麻呂』という役を作ろうとしていたのに、それが永久に叶わなくなり、憤慨して、部屋に戻ってしまいました。それが主人の最後でした」

 どういう状況だよ、と百合菜は突っ込みたくなった。

 ちなみに武田信玄は、山梨の戦国大名で、坂上田村麻呂は、平安時代の征夷大将軍だ。歴史学者だから、相当なこだわりを持っていたらしい。また坂上田村麻呂という役は、六文字であるがゆえに、六枚も揃えなければならない。もう少しで揃えられそうな状況だったとしたら、その無念さは計り知れないものだったと推察される。


「その後、夜遅く、主人がいなくなっていることに気づいて、みんなで探すことになりましたが、見つかりませんでした」

「なるほど」

「一時は、通報しようかとも思ったのですが、そのうち帰ってくるのでは、という話になって、その日は何もしませんでした。それで、朝になって、もう一度、三人で探しに出かけたんです。娘は自宅で留守番をしていました。主人がふらっと帰ってくるかもしれませんからね。そうしたら、新河岸川の土手の下に、縛られている主人の姿が……」


 百合菜は考える。犯人はこのうちの誰かで、大沢教授を土手の下に連れ出し、縄で縛って、背中から刃物を刺して、殺してしまったのだろうか。だけど、わからないのは、何故、現場に漢字のカードが残されていたのだろうということだ。そして、その漢字は何を意味しているかということ。


「ありがとうございました……」


 三人は、大沢教授の自宅を後にすると、それから新河岸川沿いを歩いて、殺人現場を見にゆくことにした。かなり蔵造りの街からは離れているようである。そこまで来ると、土手の下に人が立っているのが見えた。

「あれは、畑中刑事です。僕の知り合いですよ」

 と祐介は嬉しそうに言った。


 三人は畑中刑事に駆け寄った。畑中の隣にいる男性は、吉岡といって、畑中の部下である。二人は、渋い顔をして、土の上を睨んでいたが、祐介に気づくと、ぱっと顔を明るくしてそのうちの一人が叫んだ。

「ああ、羽黒。どうだ、歴史について何か分かったか」

 この畑中という刑事は、いかにも昭和の刑事ドラマを彷彿とさせる風貌で、肌の色が濃く、眉も太かった。

「いえ、歴史については新しい情報は得られなかったのですが、実は、川越でばったり歴史学者の胡麻博士にお会いしましてね。先生には、捜査にご協力いただけるそうです」

「あなたがあの有名な胡麻博士ですか。天正院大学の教授の……。これは心強い……」

 畑中は、何故か胡麻博士のことを知っているらしい。どうも、祐介が言っていた歴史好きの捜査員というのは、どうも畑中のことらしい。


 百合菜は、むさ苦しい刑事との会話には参加せずに、新河岸川の流れを見る。胡麻博士は、それに気づいて、そっと百合菜に、

「川越は、この新河岸川(しんがしがわ)の舟運で栄えたのだよ」

 と優しく耳打ちした。百合菜は、ぞっとした。

 胡麻博士の不気味な小声の説明によると、今の川越の文化を支えたのは、新河岸川の舟運なのだという。川越藩主、松平信綱は新河岸川を改修させ、江戸と川越は舟運で結ばれた。年貢米や生活必需品、木材、砂糖などが輸送されていたという。そう思うと、川を眺めているだけでも感慨深い。

(松平信綱か……)

 あのダイイングメッセージの意味は何なのだろう、と百合菜は思う。

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