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6 大沢教授の邸宅

 百合菜、胡麻博士、羽黒祐介の三人は、大沢哲治氏の自宅へ向かった。そこは川越市内の新河岸川のそばだった。巨大な邸宅をみると、相当、有名な学者だったのだろう、と百合菜は思った。

「どんな顔をして、会ったらよいか……」

 胡麻博士は玄関の前でそう言いながら、色々な顔をつくっては戻し、インターホンのボタンをいつまでも押せずにいた。

「早く押してくださいよ」

 と百合菜が横から、ぐいとボタンを押してしまう。胡麻博士は、あっと叫んで、その場でじたばたとたじろいだ。


 大学教授の奥さんというには若すぎる女性がドアから出てきて、百合菜はあれっと思った。まだ三十代なのではないだろうか。黒髪を頭の後ろで束ねている色白の美人だが、顔色はひどく悪い。


「胡麻先生……。ご無沙汰しております」

「大変でしたな。奥様」

「主人が……」

「存じております。さぞご無念だと思います。実はこの近くを通りかかったものでしてね。こちらは名探偵の羽黒祐介さんです。この事件を一つ、わたくしたちに解かせてはくれませぬか」

「ええ……。お話ししますわ。わたしも犯人が誰なのか……、一刻も早く、知りたいところなので……」

 しかし百合菜は、この未亡人がそんなに悲しんでいないように感じられた。女子高校生の若々しい感性でもって、この未亡人の本心を見抜いてしまう。この未亡人は夫の死を悲しんでいるのではなく、まったく違う何かを恐れている。しかし、それが何か百合菜には分からなかった。


 三人は、屋内に案内される。胡麻博士が、玄関にあった備前焼の壺に惹きつけられて急に立ち止まったので、百合菜は、胡麻博士の背中に衝突してしまった。腹が立って、胡麻博士の足を蹴る。胡麻博士は、雄叫びをあげた。その直後、二人に、なんとも不謹慎な笑いが起こった。祐介が未亡人の反応を気にして、なんとも気まずそうな顔をしている。しかし、未亡人はなんとも思っていない様子だった。


 居間のソファーに三人は並んで座ることになった。未亡人は、すぐにお茶を入れようとしたが、祐介は、大丈夫です、と断った。


「胡麻博士には生前、主人がお世話になりました。そして、あなたは羽黒祐介さん。胡麻博士のお知り合いの探偵さんなのですね」

「羽黒さん。大沢先生はね、とても高名な研究者なのだよ」

 と胡麻博士は、祐介に向き直って、熱っぽく説明する。


「主人は、そうですね、戦国時代から江戸時代にかけての仏教を研究していました」

 それならば、天海僧正についても詳しいだろうな、と百合菜は思った。漢字のカードが、天海僧正を指しているのだとしても、おかしくないのかもしれない。

「なるほど。もし、よろしければ、事件の起こった夜のことを教えていただけますか?」

 と祐介は、歴史の話が盛り上がりそうだったので、回避するように話題を切り替えた。


「あの夜は、教え子の板野さんと源田さんが泊まりにきていたんです。それというのは勿論、主人を懐かしんで会いに来てくれたというのもあるのですが、主人が、蔵の整理をしたのでいらなくなった骨董品をどれでも譲るから、と誘ったのでした。そこで当日は実際に、蔵から何点も浮世絵や陶磁器を出してきて、お二人に好きなものを選んでいただきました」

 蔵を整理して陶磁器を教え子に譲った、と祐介はまたしても胡麻博士にしか分からなそうな内容の話題になる気がした。


「ところが、主人はその場にはいませんでした。というのは、ちょうど大学のことで急な用事が入ってしまいまして、昼間は大学に出かけていたんです。主人の代わりに娘がお二人に立ち会って、主人が帰ってくる前に、お好きな骨董品を選んでいただいたんです」

「すると、ご主人はお二人がどの骨董品を選んだか、ご存知なかったのですか」

「いえ、娘がそれをリストにして、帰ってきた主人に渡しました。夕方、帰宅した主人は、それを見て、ふふっと笑いましてね。板野君は本当に青い絵が好きなのだね、いい趣味してるよ、と言いながら、煙草を吸って、いかにも満足げでした」

 その来客がどんな絵を選んだのか、百合菜は気になった。実は百合菜も、浮世絵が大好きなのである。

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