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5 六文字の漢字カード

 その喫茶店は、レトロな雰囲気であった。優雅なクラシック音楽を奏でる大きなスピーカーが二つ並んでいる。お洒落な木造りのカウンターがあって、珈琲の香りが漂っている。クラシック音楽は、どうやらシューベルトのグレイトのようだった。一番奥のテーブル席に、三人は座った。

 店主こだわりのブランドコーヒーを注文し、三人は早速、事件について話し合うことにした。


 百合菜は、珈琲だけではもの足りないと思って、レアチーズケーキを注文した。


「大沢哲治氏が、自宅から姿を消したのは、三日前の夜中のことになります。そして、二日前の早朝、新河岸川の土手の下に縄で縛られて、包丁で刺殺された状態で、奥さんたちに発見されました。現場は人があまり通らないところだったそうですが、異変を感じた奥さんと、大沢氏の自宅に宿泊していた客人が捜索して、発見したそうです。死体のそばには、前日に客人が持ち込んだカードゲームの束があり、そのうちの六枚が土手の下に散乱し、漢字が印字しているところに血の指紋がくっきりとつけられていました」

「その六枚のカードというのは、犯人が仕組んだものなのかね、それとも被害者によるダイイングメッセージなのかね」

 胡麻博士は、鬼のような形相で尋ねる。あまりにもその顔がおかしかったので、百合菜は不謹慎にも笑いそうになってしまった。


「それは分かりませんが、血の指紋は、間違いなく被害者のものでした。まるで強調しているかのように、ぐりぐりと文字の部分を塗りつぶしてあったそうです」


「奇妙だな。もう一度、その六枚のカードに記されていた六文字を見せてくれ」

 祐介は先ほどと同じ、手帳のページを二人に見せた。胡麻博士は、うおっと叫び、そのページを睨んだ。そこには『信』『天』『綱』『重』『海』『頼』の六文字が並んでいる。

「六文字といえば、南無阿弥陀仏の六文字がまっさきに浮かぶが、これはそうではない。やはり、どうみても『天海』『信綱』『重頼』すなわち、南光坊天海、松平信綱、河越重頼のことだろうね……」

「しかし、そんな三人の名前を、犯人にせよ、被害者にせよ、現場に残してどうするつもりでしょうね」

 百合菜は、ようやく言うことを見つけて、発言した。それまでは、会話に入り込む隙を見つけられず、自分がここにいる価値が感じられず、焦っていたのだ。


「この三者を結びつけているのは川越の偉人ということだけだよ。恐ろしい謎だ。とにかく、この事件は一筋縄では解けんよ……」

 胡麻博士が、今にも叫び出しそうになったところで、店主とその奥さんが、ブランド珈琲三つとレアチーズケーキを運んできてくれた。

「ありがとうございます……」

 百合菜は早速、レアチーズケーキにフォークを突き刺し、一口。濃厚で爽やかな甘みが口いっぱいにひろがって、百合菜はまた一つ、幸せになった。その瞬間に、百合菜は事件のことなどどうでもよくなってしまうのだった。しかし、珈琲を一口含むと気持ちがまた引き締まった。


「その漢字のカードゲームというのは、どうやって遊ぶのだね。カルタかね」

「カルタなわけないでしょう。カードは全部で五十枚ほどあり、一枚につき一文字ずつ、漢字が印字されているんです。その漢字を組み合わせることで、総勢百名以上の歴史上の人物の名前をつくることができます。あとは、手札を参加者全員に配り、その場にも何枚かカードを表にして置きます。参加者は、手札と場に出ているカードを組み合わせて、歴史上の人名をつくるんです。これは役をつくるようなものですね。できた人名が、出題者のお題に最も近かった人物の勝利となります」

「たとえば、どんなお題があるのだね」

 胡麻博士は、囲碁部にいたせいか、この知的なゲームに興味を持ったようだ。


「生まれた年がもっとも古い人物とか、日本でもっとも愛されている人物とか、簡単に答えが出せない問いの場合は、全員で審議して一番近い答えを出した参加者を決めます」

「羽黒さん」

「はい?」

「わたしもそのゲームがしたい……」

「そんな場合じゃないですよ」

 祐介は失笑した。胡麻博士もふふふと笑う。百合菜は、あははっと無邪気に笑って、チーズケーキを頬ばった。陰惨な事件を語る合間に生まれた楽しいひととき。そんなわけないか。


「これは、カードゲームの制作会社に勤めている板野平介(ばんのへいすけ)氏がつくったゲームの試作品で、大沢哲治氏に紹介する目的で今回持ってきたのだそうですね」

「なるほどねぇ」

 百合菜は、その六文字を入れ替えて、別の名前が浮かばないか考えている。しかし、それはいつまでたっても浮かんでこなかった。

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