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11 焼き芋と狭山茶

 次に源田重の部屋に向かった。彼も板野と同じビジネスホテルの三階に泊まっている。源田は、ぼさぼさの長髪でよく太っている。むさ苦しい見た目ながらもどこか気の良さそうな人柄を感じさせる、どら猫のような、ふてぶてしい笑顔がかえって素敵な男性だった。

 三人を室内に招き、ソファーに案内すると、自分は、川越の焼き芋をビニール袋から出してきて、それを三等分し、三人に配った。そして、紙コップにペットボトルの狭山茶をついで配ってくれた。


「こんな、もてなししかできませんが……」

「ああ、いいんです。こんな大歓迎をしてもらって、わたしたちは幸せですよ」

 と胡麻博士は、大好物の焼き芋に興奮し、早くも口いっぱいに頬張りながら、お礼を言った。


 百合菜も焼き芋を一口頬張る。すでに冷めていたが、芋の蜜がたっぷりしていて柔らかく、なめらかな舌触りで、美味しい。最近、このタイプの焼き芋が増えたな、と思う。ちなみに百合菜は、ほくほくの焼き芋も好きである。

 狭山茶も一口含むと、お茶の香りが豊かで、奥深いコクと優しい甘味を感じさせる。


「ありがとうございます。ところで、事件のことを伺っても?」

 と祐介は、さすがは仕事人、焼き芋などには手もつけずに、本題に移ろうとする。百合菜は、仕事が好きなんだな、と思った。

「事件のことですか。先生がね、亡くなったのは実に悲しい出来事でしたよ。わたしは今ね、先生のつとめている大学で、講師をしているのですが、いや、どうするんだろうなぁ、先生のゼミ、卒業論文……」

 と源田は、そう言うと、祐介が焼き芋をテーブルの上に放ったらかしにしているのが気になるのか、ちらちらと見ている。

「あの、お芋、美味しいですよ?」

 と食べるのを勧めてくる。


「別にダイエットしているわけじゃないですよね?」

「ああ、ごめんなさい。お芋は後で美味しくいただきます。すると、源田さんは大学を出た後に、大学院に進まれたのですね?」

「そうです。そうです」

「板野さんとは、どういう関係ですか?」

「板野とはねぇ。大学で同じゼミだったんですよ。あいつも大学院に進みたがっていたのですが、駄目だったんですね。それで、都内のボードゲームやカードゲームをつくっている会社に就職したんです」

「現場に残されたカードについてはどうお考えですか?」


 板野は、祐介が焼き芋を食べないことに少なからずショックを受けている様子だったが、百合菜と胡麻博士の満足げな要素を見て、そっと胸を撫で下ろすと、少し声の調子が明るくなった。

「あの、六枚のカードですよね。ニュースで見ましたよ。それがわたし、妙な気がしているんです。確か、わたしが死体を発見した時は、どうも五枚しかなかったような気がしているんです」

「何ですって……、五枚しかなかった。その時、その場に何のカードがあったか覚えていますか?」

「よくは覚えていないんです。ただ『天』というカードは確かにあったと思います。あとは二枚重なっているカードがあって、そのうち下のカードの字の偏がサンズイだったこともよく覚えているんです。でも、その他のカードはよく見えませんでした」

 カードは本当に一枚増えているのかな、また、もしそうだとしたら、それができる人物はただ一人しかいない、と百合菜は、焼き芋の最後の一欠片を、口に放り込み、もぐもぐしながら思った。


「これは、先生から譲ってもらった骨董品ですか?」

 と祐介は、焼き芋と狭山茶に触れないまま、立ち上がると、テーブルの上の緑色の鮮やかな古九谷の大鉢に近寄っていった。

「ええ。九谷焼と、それと浮世絵を一枚いただきました」

 テーブル上の浮世絵を見ると、それは板野の時の先ほどと同じ、月岡芳年作の「大日本名将鑑」のシリーズだった。しかし、内容は違っていて、一見すると、大河で溺れているような武者の絵だった。馬のいななきが聞こえてきそうである。しかし、これは溺れているのではないかもしれない、と百合菜は思った。


「これは、源頼信(みなもとのよりのぶ)ですなぁ」

 胡麻博士は、狭山茶を片手に近寄ってきて、にやりと笑った。百合菜は、源頼信は河内源氏の祖なのだよ、と胡麻博士に優しく耳打ちをされて、耳がぞぞっと痒くなった。

「溺れているんですか?」

「違う、違う。河を渡って、奇襲をしているんだよ」

 そう言われて、百合菜は、急に自分の勘違いが恥ずかしくなった。狭山茶を飲んで、この羞恥心をごまかそうと思った。


 祐介は、最後に源田の靴の裏を確認すると、満足したらしく、お礼を言って、狭山茶を勢いよく飲み、焼き芋を鞄に入れて、部屋を後にした。


 三人は、知りたい情報を得たので、ビジネスホテルから出ると、新河岸川に向かって歩いていった。

「ところで、焼き芋、食べないのなら、わたしにくれんかね」

 という声が背後から聞こえた気がしたが、祐介は事件について考え込んでしまっているせいで、反応しなかった。


 三人が新河岸川の川沿いを歩いていると、麦わら帽子をかぶった少年が、橋のあたりの土手に色々なものを集めて、ダンボールの秘密基地のようなものをつくっていた。


 百合菜は、あれっと思った。そして、祐介もそれが気になったのか、その少年のもとに歩いていった。

「君。ここで何をしているのかな」

「見てわからねえのか。秘密基地だよ!」

 少年は、不機嫌そうにそう叫ぶと、錆びたゴルフクラブを拾い上げて、

「これじゃ、宇宙人に勝てねぇぞ」

 と苦々しく、呟いた。


「一体、なにを……」

「じゃあ、俺の言うことを信じるのか。えっ? 宇宙人が来るって言ってんだよ。だから、秘密基地をつくってんだ」

 すると、土手の上から太った少年と、痩せ細った少年が、ぶーん、と叫びながら走ってきた。

「はっちゃん。やべえぞ。やつら、もうそこまで迫ってきてる。早く、秘密兵器つくらないと間に合わないぞ!」

「よっしゃあ、じゃあ、このペットボトルをつなぎ合わせて、スーパーロケット砲をつくるぞ」

「まかせろ!」

 三人の少年は、必死になっている。


 祐介は、おかしそうに笑っている。

「君たち、いつから、ここで遊んでいるの」

「邪魔すんなよ。今、いいところなんだから……」

「このゴルフクラブはどこで拾ってきたの?」

「そのへんだよ。落ちている武器を集めて、宇宙人と戦うんだよ」

「昨日も、ここで遊んでいた?」

「ああ、うん」

「拾ったものを見せてくれないかなぁ」

 と祐介は言った。少年たちの秘密基地ごっこを豪快にぶち壊しているなぁ、と百合菜は思った。


             *


 三人はその後、再び、大沢教授の自宅に戻ると、祐介は

「もしよろしければ、先生の書斎を見せていただきたいのですが……」

「ええ、どうぞ」

 奥さんは、相変わらず、あまり気にしていない様子だった。


 三人が、大沢哲治の書斎をあさると、机の中にこんなメモがあった。それは鉛筆の手書きではっきりと記されていた。


「これは何のメモだろう」

「これはきっと娘さんが書いた、教え子のお二人に譲った骨董品のリストでしょうね」

 百合菜がすぐさま答えた。

「これの筆跡が、娘さんのものか、後でチェックしてみましょう」

 と祐介は言った。そのメモを見つめながら、祐介はなにか考え込んでいる。


             *


 二人に譲ったもの


 源田さん

 ・浮世絵 大日本名将鑑(月岡芳年)「神武天皇」

 ・九谷焼(古九谷・青手山水文大鉢)


 板野さん

 ・漆器(丼重)文久年間のもの

 ・浮世絵 大日本名将鑑(月岡芳年)「源頼信」


             *


 この時、百合菜は、書斎の本棚に並んでいる研究書の背表紙を眺めていて、あることに気付いた。

(そうだ。やっぱり、あの人の言っていたことは間違っている。あの人は、ある勘違いをしているんだ……)

 そして、百合菜は、それを祐介にそっと耳打ちをした。

「実は、あることに気付いたんですけど……」

「なんだって、教えてくれるかい?」

「教えたら、スイートポテト、買ってくれますか?」

「えっ」

「買ってくれます?」

「わかった」

 百合菜は、神妙に頷くと、自分が気づいたことについて話した。これは歴史に詳しくない祐介には気付くことができない内容であったために、非常に感謝された。そして、真相が明かされるその時が来るのである。

次回、解決編です。

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