10 骨董品と煙草
板野は、まだ興奮が収まらないらしく、胸を大きく膨らませて、ふうふうと呼吸をしていたが、骨董品の話題で、少し落ち着いてきたらしい素振りがあった。
「先生は、どれでも好きなものを持っていっていいとおっしゃっていましたので、蔵から出していただいたものから気に入った浮世絵と漆器を選びました。その時には、先生は大学に出かけていましたから、その場には、先生の娘さんと源田しかいませんでしたが……」
と板野は、浮世絵を眺めながら言った。
「漢字カードについては、どうお考えですか?」
と祐介は話題を変えることにした。
「ああ、殺人現場になにやら残されていたらしいですね。わたしは実物には気がつきませんでしたが、新聞などで得た情報から考えると、単純に、その漢字の字面の通り、戦災で荒れ果てた東大寺を復興した例のお坊さんのことを表しているのではありませんかね」
と皮肉っぽく言うと、煙草を吸った。
「文化財の前で、煙草はよくありませんぞ」
と胡麻博士が指摘すると、板野は、へっと唾を吐くような真似をして、
「いいんだよっ。これはもう俺のものなんだから!」
と叫び、さもおかしそうに笑い出して、ふらりと窓際に近づき、外に向かって大声で叫んだ。
「奥さんも俺のものなんだ。邪魔者は消えたっ!」
祐介と胡麻博士が慌てて、板野を掴むと、ソファーに押し倒した。
「やめなさい。落ち着きなさい」
「バラ色の人生だ!」
「高校生が見ているんだから!」
三人は、ソファーの上で揉み合いになっている。百合菜は、大人になることの本当の意味を知った。みんな、こう言う感じになってゆくんだ。
ところで、百合菜はこの時、板野が、天海僧正のことを言っていたのかな、と思った。天海といえば、戦国時代に焼き払われたある某寺を復興したことでも有名なのである。それは以前、胡麻博士の説明にもあった。しかし、彼の発言には、わずかに違和感があった。
板野はようやく落ち着いたらしく、深呼吸をしながら、ソファーに座り直した。
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です。取り乱してしまって……」
「ところで、この靴の裏に、水に溶けたような泥の跡がついていますが……。それも、真新しいものです。確か、昨晩は雨が降りましたね」
と祐介は言いながら、板野の落とした革靴を拾い上げた。靴の裏には、液体状に薄まり広がったような形の泥がついていた。板野はぎょっとして、一瞬青ざめたが、すぐに余裕ぶった微笑みを浮かべた。
「それは死体を発見した時についた泥です」
「なるほど、ありがとうございます。それとお聞きしたいのですが、こちらの乾電池はいつご購入したものですか?」
祐介は、ベッドの枕元に置かれている懐中電灯と未開封の乾電池を見つめながら言った。
「懐中電灯と乾電池はね、川越に到着する前に購入したものですよ。まあ、肝試しなんかしたいなぁと思っていたんですがね、先生が本物の幽霊と化した今、実現することはないでしょう」
と、板野は本当だか冗談だか、分からないことを述べる。