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1 川越駅の夕紀百合菜

本作はフィクションです。実在する個人、団体とは一切関係がありません。


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 作者本人による夕紀百合菜のイメージイラストです。

 夕紀百合菜(ゆうきゆりな)は、JR川越線川越駅の改札口を出ると、高級スーパーの入り口の前、白い電球の下に立ち、ある人を待っていた。


 百合菜は、絶世の美少女である。さらさらと流れるような長い黒髪。柔らかな印象を与える瞳を少し眠たげに細め、小さな口元に曖昧な微笑を浮かべ、いつもは色白の美肌もこの猛暑で少しこんがりとしているが、花のような清楚さは変わらず、小高く膨らんだ胸もしなやかなおみ足も可憐で、品位を損ねていない。すべてが美術品のようにバランスが取れていた。


 挿絵(By みてみん)


 そんな美少女がわくわくしながら人を待っている。今日ばかりは、百合菜も、美少女らしくお上品に振る舞うことなどできそうもない。百合菜は筋金入りの歴女(れきじょ)で、神社やお寺をめぐることが大好きな女の子なのだ。そして、今から民俗学教授の胡麻博士(ごまはかせ)と、川越で民俗学の調査を行おうとしているところなのだ。

(胡麻博士……、遅いなぁ)


 百合菜は、群馬県の紫雲学園に寄宿している高校一年生だが、九月の連休には、実家にでも戻ろうかと思っていた折、以前、お世話になったことがある胡麻博士が川越に調査に訪れるという話を友だちから聞いて、急遽、自分も同行させてもらおうと思って、電話をかけたのだった。

 胡麻博士は、はじめのうちは高校生の付き添いを受けてよいものか悩んだ様子であったが、元より、世話好きな人物であるので、こころよく引き受けてくれたのだ。

(こんな機会は滅多にない……)

 と百合菜は思った。


 胡麻零士(ごまれいじ)は、東京の天正院大学の民俗学教授である。専門は仏教民俗学。シャーマニズムや霊魂などを専門に研究している風変わりな学者だ。

 その胡麻博士が、九月の連休に、埼玉県の川越に訪れようとしているのは、江戸時代の庶民の羅漢信仰を調べているからなのだった。

 ちなみに羅漢というのは、阿羅漢(あらかん)のことで、釈迦の直弟子で、仏教の聖者たちのことである。


 川越にある天台宗の寺院、星野山喜多院(きたいん)には江戸時代の五百羅漢像が祀られている。この羅漢像は、五百三十三体あり、江戸時代の仏像の特徴を如実にあらわし、当時の庶民信仰を今につたえる貴重な文化財である。

 胡麻博士は先日まで、東京目黒区の五百羅漢寺の五百羅漢像を調査をしていたが、ようやく終えて、次に喜多院の五百羅漢像の調査を行おうとしているのだった。


 百合菜は、胡麻博士の到着があまりにも遅いので、飽きてきて、ふらふらと駅の中をさまよいはじめたが、何しろはじめて訪れた駅なので、すべてが物珍しく思える。すーっとあらたまった気持ちになるのである。

 川越駅の駅ビルには、さまざまな飲食店や、書店、高級スーパーがある。ここだけでも十分に楽しめそうな気がした。


 この川越駅には、JR川越線の他に東武東上線も通っていて、その路線図を眺めると、友だちの田所由依(たどころゆい)の実家がある東武練馬駅(とうぶねりまえき)を見つけた。

(胡麻博士との約束をすっぽかして、由衣ちゃんの実家に遊びに行っちゃおうか……)

 そんな悪戯心が浮かんで、百合菜はふふっと微笑んだ。


 そう思った時だった。胡麻博士が現れた。彼が茶色いジャケット姿で、額の汗を拭き拭き、ふうふう言いながら、東武東上線の改札口から現れたのを見て、百合菜は笑いを押し殺すのに苦しんだ。

 胡麻博士は六十代で、丸眼鏡の内側に小さな鋭い目を煌めかせ、顎は白髪まじりの髭に囲まれている。


「ふう。百合菜君。待たせてすまなかったね。電車がだいぶ遅れおって、メールで連絡をしたのだが……」

「いえ、先生。大丈夫ですよ。今日はお世話になります」

 百合菜はメールが届いていたことに気がつかなかった。

「よろしくね。大宮駅から川越線で来たのかな」

「ええ。群馬の高崎から新幹線に乗って大宮に来てから、川越線でこっちの方に……」

 わりと長旅だったな、と百合菜は思い返す。

「なるほど。川越に引き寄せられたわけだね」

「ええ、川越に。いや、なんですか、川越に引き寄せられるって……」

「いいんだ。わたしはさっきまで池袋で書籍を購入する用があったんだよ。それで、東武東上線を利用した。準備は万端だよ。まあ、よしっ、我々はこれから江戸時代の羅漢信仰を調べるのだよ!」

 と胡麻博士は、仁王立ちで叫んだ。駅を通る人々が、何事かと思って、一斉に視線を送ってきた。傍目には、百合菜は変人に絡まれている女子高校生に見えるのだろう。心配そうに遠くから様子を伺う老夫婦もいる。


(さあ、どんな面白いことが待っているのかな!)

 と百合菜は今にも飛び上がらんばかりに興奮していた。

 挿絵(By みてみん)

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