違う世界
舞華視点です
私は全てに恵まれて生まれてきた。
神様は私に幸せになれと、そう言って選んでくれたのだと、心からそう信じている。
それくらい私――鶴姫舞華は人が羨むものを全て持っているのだ。こう考えるのはしょうがないことだと思うし、それが正しいのだから仕方ないことだ。
私を愛してくれる優しい両親。この近辺で誰よりも大きな家に住めて、お金に不自由することない生活。恵まれた容姿に流れるような金の髪。特にこの髪は私の自慢で、毎日お手入れを欠かしていない。
この時点で既に完璧だというのに、神様の寵愛はこれだけに留まらなかった。
私のすぐ近くに、運命の相手を産み落としてくれたのだから
紫雲蓮司―――幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた、これからも生涯をともに過ごす私だけの男の子。
私のいうことをなんでも聞いてくれるし、いつだって私のために駆けつけてくれる王子様のような存在。
それが蓮司だ。私だけのモノであり、私だけを愛してくれる、運命の人。
顔だって整っているし、背の高さも充分及第点。私のことを理解してくれるし、気が利くのもポイントが高い。同年代の男の子より少し大人びている感じも私好みになってくれてて満足である。
頭だって私が勉強を教えてあげているからそこまで悪いわけじゃない。将来のことを考えると、大学だってそれなりのところにいってもらわないと困るのだ。それならパパだってきっと私たちの仲を応援してくれるはずだし、ふたりの将来のためでもある。これからも手を緩めるつもりはなかった。
これからもっともっと私と釣り合えるだけの男に育て上げていくつもりだ。
だけど、ひとつだけ問題があった。
それは私が蓮司をいい男にすればするほど、周りに余計な害虫が増えていくことである。
当然といえば当然だ。蓮司はこの私が見初めた男。他の雑草もかくやといったそのへんの女共が惹かれるのも、まあ無理はないだろう。
もっとも私がいる限り、それを許すはずもないが。
端正に育ててきた花を綺麗に咲いているからと、途中で摘み取っていく蛮行を見過ごすほど私はお人好しでもなければ間抜けでもない。
可能性は全て潰してきた。蓮司に限って浮気などはないと思うが万が一というのもある。妥協などするつもりは一切なかった。
たとえどんなに相手が蓮司への想いを訴えてきたとしてもだ。そもそもそれがなんだというのだ。そいつがやろうとしていることはただの横恋慕であり、下劣な略奪愛そのものだ。その愛とやらに、一篇たりとも価値はない。
蓮司を一番愛しているのは、この鶴姫舞華にほかならないのだから。
それは蓮司も同様だと信じてはいるが、あいつは優しすぎるところがあるのが玉に瑕である。
時たま自分から他の女に話しかけている姿を見かけたときは、何度腸が煮えくり返ると思ったことか。
それを蓮司に直接ぶつけるようなことはしなかったけど、あいつが話しかけた害虫には全て蓮司から遠ざけた。
勘違いして蓮司と私の間でウロチョロと付きまとわれても困る。これは私の慈悲でもあった。
(ほんと、蓮司はしょうがないやつなんだから)
私がいないとあいつはきっとすぐにダメになってしまうだろう。
蓮司には私が必要で、私には蓮司が必要なのだ。
これは生涯続く共依存。私と蓮司の未来は、祝福されたものになるはずだった。
だというのに―――
―――俺はそもそもお前がずっと嫌いだったんだ
―――なにかやるたびにイチイチ俺に絡んできて、うざかった
―――お前の親が偉いから従っていたんであって、お前に従ってたんじゃない。勘違いすんなよな
―――俺、もうお前と一緒にいたくない。幼馴染であること自体が嫌なんだ。もう二度と、俺に話しかけないでくれ
蓮司がいきなり、訳の分からないことを言い出した。
「う、うそでしょ…ねぇ、冗談よね…」
私の声は、その時震えていたかもしれない。
質の悪い冗談だ。蓮司らしくない。いつもならもっと私好みのことを口にしてくれるはずのその声は、冷たさを含んだものだった。
(な、なんでいきなり…)
ちょっと姫宮とのことを注意しただけじゃない。
あんたは女の子を勘違いさせやすいんだから、そういうことしちゃダメなんだって、なんで分かってくれないのよ。
―――もう話は終わりだ、じゃあな
そんなことしか考えられず、ほとんど停止していた思考回路が、その言葉で再び動き出す。
このままではまずいと、蓮司の腕に飛びついた。行かせてはだめだと、私の直感が訴えていたのだ。
「ま、待ってよ。そんなこと言わないで。そういうの、良くないと思うわよ」
体はなんとか動いてくれたけれど、頭の中はそうはいかなかった。
いきなり頭を殴られたような衝撃から、未だ立ち上がることができずにいる。
そんな状態でもなにか言わなければと口を開く。なんでもいいから、とにかく興味をひかないとという一心だった。
「え、えっと…そうだ!ねぇ、なにか欲しいものはない?今なら蓮司の欲しいもの、なんでも買ってあげるわよ。私もちょっと悪いことしてきたと思うし、それで機嫌直してよ?ね?」
言ってみると、案外悪くない言葉を選ぶことができたと思う。
私も機嫌が悪いときは買い物をして憂さ晴らしすることはよくあるからだ。この前も蓮司が姫宮と教室に入ってきたところを見た腹いせに、三百万ほどのペンダントを衝動買いしたりした。今は机の引き出しに眠っているけど、一時の気晴らしにはなったのだ。
だから蓮司にも同じことをしてあげようと思ったのに、次の瞬間、蓮司は私のことを冷たい目で見下ろしてきた。
「ひっ…」
それを見て、わたしは小さく声を漏らしてしまう。
だって、蓮司が今まで見たこともない目をしてたから…
あんな目を向けられるだなんて、思ってもいなかった。
私のことを蓮司は愛しているはずなのに、どうして……
混乱で私の心が激しく揺れ動くなか、なにか思いついたらしく、蓮司はようやく笑顔を見せた。
だけどそれはいつもの優しい顔とは程遠い、意地悪な笑みで。
―――さっきも言っただろ。俺はもうお前に愛想が尽きたんだよ。お前にもらったところで嬉しくともなんともない。それでも今までと同じ『幼馴染』でいたいっていうなら、そうだな―――
「な、なんでも言って!私、言うとおりにするから!」
たとえなにを言われても、わたしは素直に従うつもりだった。
蓮司にそんな顔を向けられるなんて、耐えられそうになかったから。
だけど、私の心配は杞憂に終わることになる。
―――幼馴染料金払ってくれよ
心が張り裂けそうになるなかで、次に蓮司が出してきた提案に、私は安堵したからだ。
ああ、なんだ
蓮司ったら、まったくびっくりしたじゃない
ようするに私のこと、試したかったんだ
そう思った。そして理解した。
蓮司にも独占欲が沸いてきたのだろうということを。
私が本当に蓮司のことを愛しているか、あいつも試したいのだろう。
まったく、素直じゃないんだから。その手段がお金なんて、子供っぽいったらありゃしない。
私は急に微笑ましくなる。そんなことならお安い御用だったからだ。
この前の誕生日にパパからいくつかの会社の株と、欲しかったブティック関係の会社を貰うことができた。
将来の勉強も兼ねて好きにしていいと言われたけど、私が携わった商品の売れ行きもよく、今のところ順調である。
幼馴染料金も一万円とは非常にリーズナブルだと思う。
毎年親戚のおじさま方から貰う額だけでも余裕だし、正直できることなら年契約で支払いたいくらいだ。
蓮司はどうも現金を手元に置いておきたい派らしく、現金払いでしか認めてくれなかったけど、まあいいだろう。そういうのが好きな人もたくさんいる。
そこらへんの管理は私がちゃんとやっておこう。下手に目をつけられるようなことになったら面倒だしね。これも将来の妻の務めと思えば悪くない。自然と頬が緩んでいった。
「早く明日にならないかなぁ」
最近は毎日が楽しみになってきている。
毎日欠かさず蓮司と話すことができ、お互いの信頼を確かめることができる日々に私は確かな満足感を覚えていた。
あ、一応お金引き出しとこ。とりあえず五百万くらい手元にあれば安心よね。
もしかしたら蓮司のやつと、もっとすごいことしちゃうかもしれないし…!
私は内心のワクワクを抑えながら、銀行へと足を向けるのだった。
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