姫宮愛梨
姫宮愛梨は優しい女の子として学年でも有名だった。
困っている人がいたら率先して助けに入り、悩んでいる人がいたらいつでも相談にのってくれる。
そんな噂が広まったのは俺たちが高校に入学してしばらく経ってからのことだ。相手が誰であろうと親身になって話を聞いてくれることから、すぐに彼女の評判は学年に広がることになる。
それは姫宮の容姿が一役買っていることもあるだろう。優しい笑顔で笑う彼女は見るものを癒してくれる力があり、その整った顔はタイプこそ違うが鶴姫にも決して引けを取るものではない。
鶴姫が大人びた雰囲気のある美人タイプであるならば、姫宮はどこか庇護欲を掻き立てるところのある美少女といったところだろうか。
茶色に染めた髪を背中まで流し、毛先はふわふわにカールしていて少し小柄な彼女によく似合っており、男子のウケはすこぶるいい。
かといって女子の評価が悪いかというとそうでもなく、女子の相談にのることのほうがよほど多いため、友人も数多い。
クラスでは委員長を務め、多くの人に信頼されている少女。
それが姫宮だ。人気に関しても鶴姫と二分する、学年二大美少女のひとり。
そんな完璧ともいえる少女に、俺は現在恋心を抱いていた。
とはいえ俺の場合、姫宮の容姿に惹かれたというわけでもない。
顔がよければ全て許せるわけでもないということは、長年の経験から骨身にまで染み込んでいる。俺は姫宮に好意を抱いている理由は、もっと別のところにあった。
「今日も鶴姫さんと一緒に登校してるんだ。本当に仲いいんだね」
挨拶を交わしたあと、姫宮は俺と鶴姫を交互に見比べ、穏やかな笑みを浮かべた。
それは優しい笑みに見えるが、その奥の瞳は別のことを考えているのが俺には分かる。
―――結局変われていないんだ
そう言っているように、俺には思えた。
「仲はよくないよ。俺と鶴姫は幼馴染ってだけだし、好きでも付き合っているわけでもないから」
だからこう答えるのだ。今まで一度も否定せず、曖昧な笑みで濁してきた過去と決別するために、俺は姫宮にそう告げた。背後にいる鶴姫にも聞こえるように、はっきりと。
俺の宣言を受けた姫宮は、目をぱちくりとさせていた。
「え、そうなの?でもふたりはいつも一緒にいるし…」
「鶴姫が勝手に寄ってくるだけだよ。俺は別にそんな気はないし、これからは普通に距離を置くことも考えてるから」
続く姫宮の言葉も、俺はバッサリと切り捨てる。
これは俺の決意表明であり、姫宮に向けた自分の答えだ。
一度腹を決めたせいか、思った以上にスラスラと口にすることができたのが、自分でも意外に思えた。
「へぇ…そうだったんだ」
「あぁ」
納得してくれたらしく、姫宮は頷いてくれる。
そのなかに少し感心しているような色を感じるのは、俺の気のせいだろうか。
もしそうだとしたら、これ以上に嬉しいこともないだろう。
「……舞華」
「ん?」
だが、その気持ちはいつまでも続くものではなかった。
姫宮との遭遇から一言も口を聞かなかった鶴姫が、何故か自分の名前を口にしたのだ。不機嫌さを隠そうともしていない、苛立ちの混ざった声だった。
「舞華でしょ、鶴姫じゃない。これからは名前で呼ぶって、さっきそう言ったじゃない」
「そ、それは……」
このタイミングで、それを持ち出すのか。
確かに料金を貰ったし、そう言ったことも事実だ。だけど、よりによって姫宮がいる時に…!
「だから早くそう呼んでよ。距離を置くなんていうのも、ただの照れ隠しだって私にはちゃんと分かってるんだから。名前すら呼んでもらえない誰かとは違って、ね」
そう言って鶴姫は不敵に笑った。
それを見て俺は察する。こいつ、確信犯だ。
元々鶴姫は姫宮に対抗心を持っていることは知っていたが、ここまで露骨なことをするほどではなかったはずだが…なんにせよ、やはり鶴姫は底意地が悪い。
目を細め、挑発するような視線を姫宮へと送っていた。
「え、と。私邪魔しちゃったかな?」
それを受けて姫宮は困ったような顔をしている。
なんでそんなことを言われるのか分からない。内心はどうあれ、少なくともそう感じられる空気を出していた。
「そこまでは言わないけど、私はまだ蓮司と話があるの。できれば席を外してくれると助かるのよね、蓮司もそうでしょ?」
そんな空気を鶴姫は読んだかそうでないかは分からないが、俺へと言葉を投げかけてくる。
それは俺にとって爆弾を放り投げられたにも等しいものだ。
(鶴姫、こいつ…!)
俺に選ばせようというのか。自分か、姫宮かを。
どこまでもこの女は性格が悪く、俺のことを邪魔したいらしい。
ここにきて幼馴染料金の存在が俺の選択を蝕んでくる。
鶴姫が暴露するとは思わないが、万が一ということもあるのだ。俺に選択の余地はなかった。彼女はこういうことを嫌う性格であることは、よく知っていたからだ。
(身から出た錆ってやつかよ…)
一時の感情に任せた結果、俺は今窮地に立たされている。
これによって得られたものはなにもない。俺はどこまでも大馬鹿野郎のようだった。
「……ああ、ごめん。姫宮、まだつる…舞華と少し話したいことがあるんだ。先行ってもらえるか?」
心から口にしたくもないことを吐き出しながら、俺は想い人に別れを告げる。
実際は付き合ってるわけでもないが、嫌いな相手と好きな相手を天秤にかけ、前者を選ばなければならない今の状況が、泣きたくなるほどキツいものだった。
「うん、わかったよ。それじゃあね」
それにあっさりと頷く姫宮の姿がそれに拍車をかける。
俺は、なにをやっているんだろう。
「――――」
振り向きざま、一瞬こちらを見た姫宮の目は、少し冷めていた気がする。
俺はため息をつきたくなる。どうしてこうなるんだ…
「ちくしょう…」
「さあ、邪魔者はいなくなったわね。行きましょう」
そう言って俺に近づいてくる鶴姫の存在が、どうしようもなく疎ましかった。
彼女は今も笑っているのだ。心の底から、楽しそうに。
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