幼馴染という呪い
鶴姫舞華は美しい少女だった。
見るものを惹きつける流れるような金の髪。アメジストのように煌く瞳。
笑った時に僅かに見える八重歯がチャーミングだとその筋の間では有名だ。
フランス人形のように整った小顔の下は日本人離れした肢体を持ち、手足はスラリと長い。特に足の長さは腰の位置からして日本人とは違っており、歩くだけでモデルの様にサマになった。
人は自分と違うものを嫌悪する傾向にあるというが、それでも格というものがこの世には存在する。
負けたと、こいつには勝てないと思わせるだけの格。それが確かに鶴姫には存在していた。
他者とは違うなにか。それを生来備えた、選ばれしもの。それが鶴姫だった。
そんな女と並びながら歩ける俺のことを、羨ましいというやつは数多くいる。
代わってくれと直接言われたことだってあった。その時の俺は鶴姫の言いなりになっていたから、曖昧な笑みで誤魔化していたことを思い出す。
内心では頼むから代わってくれと叫びながら、それをおくびにも出すことなく歪な関係を続けていたのだ。
俺と鶴姫が一緒に登校している理由は幼馴染だからというだけで大抵のやつが納得してくれるから有難い反面、それで納得される関係というものを歯がゆく思ったことは数え切れない。
神様によってたまたま近くに生まれさせられただけで、ここまで長く続く関係を強要される。近づくつもりなんてないのに、向こうが勝手に寄ってくるのだ。
まるで刷り込まれたヒヨコのようだ。そんな可愛らしさなど、俺には微塵も感じることはできなかったが。
俺にとって幼馴染という言葉は、呪いにも等しいものだった。
そして俺はまだ、その呪いに囚われている。
学校が近づいてきた。見慣れた制服を着た生徒がチラホラ見える。そんな彼らもまた、こちらをチラチラ見てくるのだから踏み出す一歩がひどく重い。
その理由は分かっているのだが、どうにもならないの現状がますます心を沈ませる。俺は苛立ちまじりに、その元凶へと声をかけた。
「おい、もっと離れて歩け…!」
「は?なんでよ、いつも通りじゃない」
どこがだよ。俺の目が節穴でなければという前提ではあるが、間違いなくいつもより距離が近かった。人ひとりぶんは空いていたはずなのに、今は袖と袖が触れ合うくらい、鶴姫は俺に近づいている。
それでも普段の俺ならそれとなく遠のいて距離感を調整するのだが、今日はそうもいかない理由があった。
「それに仮にそうだとしても、私はお金を払っているのよ。これくらいサービスしてくれても罰は当たらないでしょ」
「ぐっ…」
そう、俺は確かに鶴姫から登校料金の五千円を受け取ってしまっているのだ。
金が絡んでいる以上、無碍にするのは心がブレーキをかけていた。
家から学校までは徒歩で二十分かかる。それで五千円となれば、一分で二百五十円。ジュースが二本買えるし、中古のゲームだって買うことができるのだ。
我ながら馬鹿な設定をしたものだと思っていたが、今は違う意味で後悔している。
鶴姫との上下関係が復活しつつあった。俺のほうが本来上位であるはずなのに、金というものの重みを、俺は今実感することになっている。
「フフ。ねぇ、なんなら腕を絡めるとかやってみない?お金なら払うし、せっかくだし見せつけてやるのもいいわよね」
俺がなにも言わないことで調子に乗ったのか、鶴姫がそんなことを言ってくる。
反吐が出るようなその提案に、俺の思考が瞬間的に加速した。
調子に乗りやがって。誰がお前なんかとそんなことをするかよ。
俺はお前のための人形じゃない。
「……なに言ってんだ?俺たちは『幼馴染』だろ?幼馴染が、そんなことするか?」
俺は静かに荒れ狂う激情を抑え、鶴姫だけに聞こえるように低い声で言い放つ。
そう、俺たちの関係はあくまで仮初の『幼馴染』を続けるためのもの。それ以上でもそれ以下でもない。
それを分からせなければいけなかった。俺はまだ甘かったのだ。この鶴姫舞華という女は、甘やかされて育ったワガママ女だ。そのことを俺は誰よりもよく知っているはずなのに、下出に出てきた自分自身に腹が立つ。
「そ、それは…」
「それに契約書にも書いてたろ?いざとなれば俺の都合を優先するってさ。貰った金を突っ返せば、いつでもキャンセルできるんだよ」
心の内側に溜め込んだ憤りを静かに言葉へとのせながら、俺は諭すように鶴姫に告げていた。
念のため盛り込んでいた文言が早くも役に立つとは。昨晩の自分のファインプレーに、内心自画自賛する。勿論これも表に出さないが、鶴姫にはよく利いたようだ。悔しそうに唇を歯噛みしている。
俺はもうひと押しすることにした。念には念をだ。鶴姫舞華は油断がならない。
そのこともよく知っていた。
「だからさ、調子にのるなよ。俺はいつでもこの関係を解消できるんだからな」
「……分かったわよ。もう、言わないから」
よし、勝った。
少なくとも俺はまだこいつに対してイニシアチブを取ることができている。
そう思い、俺は鶴姫に気づかれないよう静かに安堵の息をつこうとしたのだが…
「あ…」
「お…」
横に顔を向けたとき、俺はある少女と目が合ってしまった。
さっきも述べた通り、学校に近づいていることで周りの生徒の数は増え、注目を浴びていることには気付いている。
ただでさえ鶴姫はその髪色と顔の良さも相まって目立つ存在なのだ。学校でも男子の間で彼女にしたい女子として、真っ先に名前が上がるくらいだった。
そんな鶴姫と強制的とはいえ、いつも一緒にいることから俺たちが恋人と勘違いされることも多いが、そんなことは断じてない。
俺が鶴姫を嫌っているのが一番の理由ではあるが、それ以前に―――
「おはよう、紫雲くん」
「……おはよう、姫宮」
俺は目の前にいる彼女のことが好きなのだから。
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