計算外
弁明をさせて欲しい。
いくら嫌っていようとも、同級生の幼馴染に金を貢がせ、それを素直に受け取るというのは、言い逃れできないクズ行為だ。
それは俺だってちゃんと理解している。高校生のうちからこんなヒモみたいなことをしていたら、きっとロクな大人にならないだろう。
とはいえ、一応俺にもちゃんと考えがあったのだ。
俺が提示した幼馴染料金の額は一万円。一ヶ月でも一週間でもなく、一日の料金がこれだ。日給一万円といえば聞こえはいいが、丸一日付き合うわけでもなく、学校での短い時間をこれまで通りただ鶴姫と幼馴染として接するというだけでこの額を取るというのは、普通に考えて払うやつはまずいないだろう。人によっては金額を伝えただけで激怒するに違いない。
なんせ俺は芸能人でもなんでもない、ただの高校生なのだ。顔は整っていると言われるが、それでも凡人の域をでない。俺みたいなやつはそこらじゅうにいる。
金を取れるような特殊な能力なんてなにもなかった。
さらに言うと、これはあくまで基本料金である。それ以外の行動、所謂オプションというやつを求めるなら、より高い金額を求めるというのも前もって伝えてあることだった。
例えば下の名前で呼ぶなら五千円追加。登下校も一緒だというならこれもそれぞれ五千円。昼食も一緒に取りたいとのたまうなら、一万円といった具合だ。
休日も付き合わせようというのなら、三万円貰うことも伝えていた。
これも勿論本気で決めたわけではない。高校生の小遣いで到底払える額ではないだろう。
あのあと、多少頭の冷えた俺はさすがに自分から一方的に別れを告げるのはまずいのではないかと思い当たった。なんせ鶴姫が親である社長さんに告げ口でもしたらうちはきっと路頭に迷うことになるだろう。そう考えるとぞっとした。勢いに任せたとはいえ、俺がやったことはこれまでの努力を水の泡に帰したに等しい。
とはいえ俺にもプライドというものがある。一度言った言葉を引っ込めるのは嫌だった。だからこう考えたのだ。向こうから俺に愛想を尽かして勝手に離れていくのなら、きっと問題はないはずだろうと。
浅はかな考えであることは否定しないが、幼馴染料金というのは僅かな繋がりを残すことで破滅を少しでも遠ざけようとする、俺なりの苦肉の策でもあったのだ。
法外とも言える金額も、どうせすぐに払えなくなる、もしくは逆ギレして今度こそ俺から離れていくだろうという打算込みの、冗談交じりの金額。
それは同時に長年の付き合いで幼馴染でもある俺を買収しようなどとしてきた鶴姫に対する、一種の意趣返しでもあった。
一日一万で幼馴染の関係を続けるというなら、単純計算で一ヶ月で三十万以上の金額が勝手に俺の懐に入ってくる計算だ。
友人で何人かバイトをしているやつがいるが、高校生ではシフトに入れる時間がなかなか取れず、月に七万稼ぐのも大変だとぼやいていたのを知っている。
サラリーマンでも早々稼げる額ではないだろう。少なくとも毎日疲れた顔をして帰ってくる俺の親の月収は、手取りでこんな金額を稼いでいるわけでないことくらい承知していた。月の小遣いが高校生になっても五千円だし、家のローンを払うだけで大変だとぼやいていたこともあった。
海外旅行どころか国内でもGWあたりにせいぜい京都に二泊三日の観光旅行にいくのが精一杯で、そこまで裕福な家というわけでもない。
俺の庶民的な金銭感覚が確かなら、1ヶ月どころか三日と持たない暴利的な値段。
絶対に払えるはずもない額のはずだった。
だけど、鶴姫は違った。
勿論毎日毎日顔を合わせるわけではないが、それでも鶴姫は俺と一緒にいようとしてきた。幼馴染料金を払ってまでもだ。その支払いが滞ったことは、一度としてない。出し渋ったことすらなかった。
そしてこれこそが俺にとって最大の誤算だったのだ。
俺が鶴姫に絶縁を叩きつけ、同時に幼馴染料金を請求しだしてからもうすぐ一ヶ月が経つ。
その間に俺の手元に渡った金額は、近いうちに百万円まで届こうとしていた。
(なんだよこれ…)
俺はなにも言わず、ただぼんやりと先ほど鶴姫から手渡された二枚のお札を見つめていた。
こんなはずではなかった。いくら社長令嬢だろうと、こんな額を早々動かせるはずがないと踏んでいたからだ。
舞華に連れ回されたときはいつもカードで購入してたし、現金はあまり持ち歩かない主義だったと思う。
確かに舞華の親は娘に甘かったが、それでもまさか月百万に届く金額を娘が動かしていて、なにも言わないなんてことがあるのだろうか。
それともこれくらいの金額は、あの家族にとって浪費にもならないとでも言うのか…それはそれで、大きな格差を感じてしまう。
言葉にできない、得体の知れないなにかに触れたような恐怖がそこにあった。
「さぁ、これでいいでしょ。まっすぐ帰ろうとしてたみたいだけど、商店街に行くわよ。美味しいスイーツの店を見つけたから、行きたかったのよね」
そう言って鶴姫は意気揚々と歩き出す。金を払った後ろめたさなど感じさせない、軽やかな足取りだ。
「……言っとくけど、そっちも別料金取るからな」
「はいはい、分かってるわよ」
俺の気も知らないでと、逆恨みに近い感情をこめてぼやくが鶴姫には通じない。
俺の言葉をあっさりと流していた。
…本当に、どうしてこうなったのだろう。
瓢箪から駒、いやこの場合は嘘から出た誠のほうが正しいのか?
ただ話してるだけで毎日金が転がり込んでくる状況に、俺は今も現実感を持てないでいる
ブクマに評価ありがとうございます