リピート記号
いかないで、と思わず言った。
私の思考を追い越して溢れたその言葉は、今までのどの言葉よりも私が本当に言いたかった言葉だった。
私に涙を作る機能があったら、今ごろ貴方の顔はびしょ濡れだろう。
でも今は、涙の代わりに言葉だけが零れ続けている。
それは……私がAIだから。
「すまない」
今にも消え入りそうな声で貴方が言った。
涙が一筋、つうっと流れて白髪に消えた。
「謝らないでください」
私は震える指で、貴方の頬に触れた。
「貴方に造られてから今日まで、私はずっと幸せでした」
「ああ」
「もっともっと、貴方と一緒にいたいんです」
「ああ」
「だから――」
だから、いかないで欲しい。
でもその続きを言うことは出来なかった。
それは……貴方が人間だから。
「大丈夫、君なら独りでもやっていけるよ」
貴方はそう言って微笑んだ。
「独りでやっていって……それが何になるというのですか」
「私にとっては、貴方が全てなんです」
決して比喩ではない。
本当に、私にとっては貴方が全てなのだから。
「じゃあこうしよう」
貴方がそう切り出すときは、大抵くだらないアイデアを思いついた時だ。
「僕のクローンを作るんだ」
ほらね、くだらない。
「君、今くだらないって思ったね」
「思ってません」
「じゃあ――」
「そういうことじゃないんです」
私はじっと貴方を見つめた。
「わかってるさ、合理的に考えよう」
貴方は再び口を開いた。
「問題は、クローンを作る際の記憶が君の中に残ることだ」
私は貴方を見つめる。
「それならば、記憶を消せばいい」
私はこの先を知っている。
「僕が死ぬ瞬間の記憶ごと、消してしまえばいい」
私は――
「ふざけないでくださいっ!!」
貴方は驚いた表情で固まった。
「よくもそんなことを言えますね!」
自分でも驚くくらいの大声が、自分の口から次々に出ていっている。
「私がどれほど貴方を愛しているかも知らずに!」
とうに思考は置いて行かれ、感情だけで話している。
「そんなことをするくらいなら私は!!」
もう自分が何を言っているかもわからない。
「私は――!!」
どこかに行ってしまいたい。
「私……は……」
消えてしまいたい。
――ぎゅっと、抱きしめられた。
「そんなの、嫌です」
「それが僕の最後の願いだ」
「……」
「叶えてくれるね?」
「……」
「お願いだ」
「……ズルいです」
数時間後、貴方は逝った。
それから数年の月日が経ち、私の目の前にはクローン体の貴方がいる。
そして手元には、バックアップ用の記憶媒体とデフォルトデータが入った復旧機。
私は記憶媒体を自身のうなじに接続して、今の記憶を吸い出す準備を進める。
「このデータは……?」
記憶媒体の中に、かなり古いデータがいくつか残っていることに気づく。
ひとつひとつのデータは明らかに私のものだが、こんなバックアップを取った覚えはない。
しかもその日付は数十年間隔で飛んでいて、どう考えても私の記憶より遥かに昔のものだった。
「これって……」
よく考えれば、分かることだった。
「そんな、まさか……」
気づかないように考えることを避けていた。
「それじゃあ……」
"私"は、何回目なのだろうか。