エピローグ
水城東和は過去に外国の紛争地へと行き、そして捕縛された人物だった。その時には世間でも大きく報道され、注目の事件となった。水城明人、水城東和の両名は、紛争地でそこの住民に殺されたものだと思われていた。なぜなら身代金要求もなかったからだ。年端も行かない少年が、どうやっていつ死ぬかもわからない場所である紛争地で生きられるというのだろうか。
だが、彼は死んでいなかった。武装した住民に襲われ、父を殺せと脅迫された後、それを喜んで実行した。その異常な感性を見込まれて、テロリスト集団のメンバーにさせられた。それからは彼は、テロリストたちの狂った人格と在り方さえも許容し、常軌を逸したカリスマで彼らを纏め上げ、そしてリーダーとなった。彼は〈アンサー〉と呼ばれ神のように慕われた。
彼らとともに、彼はあらゆるテロ活動を行った。自身でも何人もの人を殺害した。だが表舞台には一切姿を現しておらず、その正体は依然不明だった。
他国の特殊部隊がそのテロ集団を壊滅するために行われた作戦によって、そのテロ集団は崩壊。メンバーのほぼ全員が殺害された。その時に一人、テロ集団の本拠地で、人種の違う彼が見つかった。特殊部隊員は、彼が捕虜となった被害者の一人であると誤認、彼はその誤認を利用して、捕虜として自国へ帰ることとなった。
そこで、彼に目を付けたのが政界の人間だった。彼は戦争を起こしたかった。この平和な国に、教育が必要だと考えたからだ。それは人道に反した強行策だった。もし、過ちに気づくために失敗が必要であったとしても、それは人の手によって与えられるモノではない。人間は、その失敗や死というモノを一方的に与えられるだけの存在なのだ。それを人が人に与えるということは、この世界に命が生まれた頃より存在していた、ルールに反する邪道だった。
だが、それを水城東和という人間を筆頭に、そう思わない支持者が数人存在していた。
そして、その水城東和が死亡してから数日が経過していた。
「リーダー」
達見がそう少女に声を掛ける。
「なんだ」
「俺は思うんだよ。世界も、明日も、盲目なんだって」
「なんだ? それは」
いつもなら達見の話を真面目に聞かない少女が、今日は珍しく達見の話を聞いていた。
「俺たちは、眠る時、心から泣くとき、そして死ぬときは目を瞑る。そして世界が闇になる。それは、その闇は、この世界にある真実の一つなんじゃないかって思うんだよ。俺たちは無から生まれ、無に死ぬ。それは解っている。けれど、俺たちは無というモノの本質をいつかは忘れてしまうようにできている」
「それはそうだろう。人が哀しみを一生覚えていたら、生きれないのと同じ話だ」
「そうなんだ。だから人は、様々な感情と共に、死や、無というモノの本質や、哀しみを忘れていってしまう。ここで思うんだけど、その感情や、死とか、無とかが、この世界の真実だから、それを人に気づかれないように、世界は、神は俺たちにその忘却という機能を付けた。俺は神を信じていないけどな」
「私もだ」
ぶっきらぼうに少女はそう返答する。
「闇が、死が、無が、この世界の真理の一つなのは解っている。ただ、それがこの世界に存在する真実だとは誰も言わない。命を助けようとするために医者がいるわけだし。真理だと解っていても、真実だからと諦めたりはしない。だというのなら、それが真実だと人が確信してしまったのなら、人は生きることを諦めてしまうと思うんだ。だから世界は、俺たちに忘却の機能をつけた」
「それで、その死が真理なのはわかるが。闇や無というモノのどの辺に、真実というモノが隠れているんだ?」
「それは〝心〟だよ。命と死が真理だというのなら、その中にある心が真実なんだ。人は心……喜び、怒り、哀しみ、楽しみに異常に依存してしまうと、周りを見失ってしまう。周りを見失っているとき、何が起こっているかというと、命は、命という檻から解放されて自我へと走る。感情というモノは、生きるためには欠かせない要素なんだけど、あまりにそれに依存しすぎると、人は、人のまま人をやめてしまうだよ。大切な存在の死が何よりも絶望であるということを知っている俺たちが、その存在の命を奪う連中を許せなくて殺すのと同じだ」
「……命と心は別物だと?」
「そうだ」
「……」
少女は珍しく真剣に彼の言うことに対して考えていた。
「命は永久ではないけれど。心は永久のモノなんだよ。世界は……どうして心が命とは別物の存在だということを隠していたのか……それはきっと……心の正体が、この世界そのものだからだ」
「神だとでも……?」
少年は笑った。
「もしそうなのだとしら、あまりに神は現実的なモノだと言えるな。そして、最後にそれが判ったのなら、この世界で神と言える架空の奇跡は存在しないという証明になる。
神の正体である心はきっと、自分が永久の哀しみや、絶望から来た存在だということを、俺たちに知ってほしくないんだ。
永久にーー明けることのない盲目の明日へとーー俺たちが向かうしかないことを、知ってほしくなかったんだ」
少女は寂しい眼で、少年の顔を見た。
彼の話を聞いて、彼女も何かそんな感じがした。




