プロローグ 1
「ぼくのしょうらいのゆめは、まほうつかいになって、せかいをぼうけんすることです!」
メーテル孤児院の第七教室で、彼はそう言った。
男は剣士として戦場に、女は妻として家庭を切り盛りすることが求められている貧しい国で、「魔法使い」とか、「冒険」といった類いの言葉はやや不謹慎だった。
〈……ぱち、ぱち……ぱち……〉
拍手は少なかった。シスターが言う。
「ほらっ、レオンくんのために、みんな、はくしゅはくしゅ!」
〈……ぱち、ぱち……〉
彼は肩を落とした。子供ながらに、教室の空気が変だと察したのだ。自分は何かいけないことを言ったらしい、と。
教室を見渡すと、誰もがこちらを向いていたくせに、目が合いそうになると顔を伏せた。気まずいらしい。
そんな中、彼の弟のロイドだけはこちらを向いて、目を離さなかった。
笑ってもいないし、怒ってもいない。どういうことだろうと考えて首をかしげたが、決意に満ちた視線にはどこか信頼できるものがあって、この空気の悪い教室の中でレオンは安堵することができた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ……」
自分に言い聞かせるようにして着席したレオンは、小さな手のひらをぎゅっと握りしめて、できあがった拳を見つめた。
――小国シトラスは危機に瀕していた。世界戦争に巻き込まれ、中立を主張していたシトラスは国の領土を守るのに精一杯だったのだ。
のちに「オスカー大戦」と呼ばれるこの戦争の戦死者は1000万人と推定され、歴代で三番目に多い死者を出した。
レオンが魔法使いになりたいのには理由があった。魔法使いが楽しそうに世界を旅する絵本を見て、単純にあこがれたのだ。
「――なあ、ロイ! いいことおしえてやろうか!」
「なあに、レオ」
「まほうつかいは、ほうきにのって空をとぶんだぜ!」
「へえ、すごいね!」
「それだけじゃないぞ、まほうつかいは、じゅもんをとなえるとなんでもできる。火とか水とか、あとかみなりだってだせるし、それでこわーいきょうりゅうだってたおせちゃうんだ」
「きょうりゅうは、こわくないよ。かわいいよ」
「え、そうか?」
「うん。それよりレオ、じゅもんって、なんでもできるの」
「できるよ」
「じゃあ、マリーのびょうきもなおせるの」
「うん! なおせる!」
ロイは短い黒髪を揺らしながら、にっこり笑った。
ロイというのはあだ名だ。呼びやすいからレオンはレオと呼ばれている。お互い2文字で呼び合うと、なぜか親近感があって、二人はこの呼び名を気に入っていた。