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明空の先の日常にて  作者: ふくろうの祭
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9話 とある少女の恋物語

「ここは…?」


昼下がりの保健室。

伍蝶院が目を覚ますと、そこには龍乃心と達也が座っていた。


「明空様!? 朝倉さんまで…。ここは…?」


「保健室だよ。お前、飛んできたボールが顔面に当たって、気を失ってたんだよ」


達也は自分が座っていた椅子を元の場所に片付けながら、伍蝶院に答えた。


「うーん…あまり覚えていませんわ…。明空様に会いに校庭に行ったのは覚えていますが…」


一旦、間が空いたかと思ったら急に伍蝶院は急に叫び出した。


「い、今顔面って言いましたわよね!? わたしくのこの顔にボール!? 傷が残ってしまいますわ!!」


伍蝶院は半泣きの状態になってしまった。


「だ、大丈夫だよ、顔に傷は残っちゃいないから。だけど、先生が今日はもう帰りのHRまで休んでろってさ」


「わ、分かりましたわ」


「まぁその様子だと大丈夫そうだな。じゃあ俺と龍乃心は教室戻っているから、HRの時間になったら伍蝶院も戻って来いよ」


そう言って達也と伍蝶院が保健室を出ようとしたすると、伍蝶院は何を思ったのか、龍乃心の腕を掴んだ。


「えっと…なんで俺の腕を掴んで…?」


しかし、伍蝶院は下を向いたまま、一言も言葉を発しない。


「あらら~…。じゃあ明空、悪いんだけど伍蝶院の事頼んだわ。俺、先に教室戻っているから」


「え、俺が…?」


「大丈夫、俺が先生にちゃんと言っといてやるからさ! じゃ、頼んだぜ!」


そう言うと、達也はさっさと保健室を出て行ってしまった。


「いや…俺、転校初日…」


達也も達也で、中々軽薄な奴だと感じていた龍乃心だが、それよりもこの状況を打破する事に注力しなくてはならなかった。


「えっと…とりあえず、腕話してくれるか…?」


龍乃心がそう言うと、伍蝶院は黙って頷き、やっと龍乃心の腕を解放してくれた。

そのまま保健室を後にする事も出来たが、流石に龍乃心がそんな事をできるハズも無く、とりあえずベッドの端っこに腰を掛けた。


「顔…もう痛くないか…?」


「ありがとうございますわ、明空様。流石は紳士の国でお育ちになられた事があって、お優しいのですね…」


「…その…」


「…はい?」


「なんで…その…伍蝶院…さんは、俺にそんなに執着するんだ? だって、俺がここに来てまだ一日だっていうのに…」


「ふふふ、明空様、出会いに時間は関係ありませんのよ?」


「そういう…もんか?」


「はい♪ わたしく、明空様の事を一目見た時から、体中に稲妻が走る様な衝撃を感じました」


「はぁ…」


「わたしく…両親が非常に厳しくて、昔からアニメや漫画はおろか、テレビも碌に見せてもらえませんでしたの。唯一許されていたのが、ラジオから流れてくる落語位でしたわ…」


「…らくご…?」


ずっとロンドンで暮らしてきた龍乃心がらくごを知る由も無かったが、とにかく厳しい家庭で育ったという事は十分伝わった。


「そんな時、わたくしの人生観を変えたのが、ある少女漫画でしたわ」


「少女漫画…?」


「『オレンジ色の恋に魅せられて』ってタイトルの漫画なんですけれども」


「あ…知ってるよその漫画。結構長いんだっけ?」


「え? 明空様もご存じだったのですか!?」


「あ、いや、俺は別に読んでは無いんだけど、双子の妹が大好きでよく読んでて…」


「そうでしたか…わたしくもあの漫画には大変魅せられてしまいまして…」


「でも、さっき親が厳しいって…」


「はい…先程も申し上げました通り、わたしくの両親は非常に厳しく、漫画を買うなんて事はもっての外でした。そんなある時、澄玲さんがわたしくに『オレンジ色の恋に魅せられて』の1巻を貸してくださいました」


「澄玲…あぁ、あの子か…」


「その漫画を読んだときは、それはもうトキメキましたわ。可愛く、健気な主人公の少女と、少女を一途に愛する王子様。二人を待ち受ける幾多の困難を力と愛を合わせて立ち向かっていくストーリーにすっかり夢中になりましたわ。勿論今でも澄玲さんはわたくしに最新刊が出る度に貸して頂いてますのよ」


「そんなに好きなんだな」


「はい…中でも物語に出てくる荘琉院茜(そうりゅういんあかね)というキャラが好きでして…。あまりに好き過ぎてしまい、そのキャラクターの喋り方や仕草を真似るまでになりましたわ」


「へぇ…喋り方や仕草…御嬢様キャラから…」


(つまりこの子がこんなキャラになったのって、あいつが漫画貸したせいじゃないか…)


龍乃心は全てを理解し、呆れる様に笑った。


「やはり…可笑しいですよね?」


「…何が?」


「現実に存在しない物語の登場人物に成りきるだなんて…。分かっていますの…自分でも。バカな事をしていると…」


「…」


「それでも夢見てしまいますの…。いつかわたくしもこんな素敵な王子様が現れないかしらと…。こんな身を焦がれる様な恋が出来たらなぁって」


伍蝶院は少し寂しそうに笑った。

それがいつまでも夢見続ける自分に対する呆れなのかどうかは龍乃心には知る由も無かった。


「別に…」


「?」


「別に…普通の事だろ? 何かに憧れて真似たりとか…成りきったりとか…。そうやって理想の自分に対して努力するって事は、悪い事じゃないと思うよ?」


「明空様…」


「まぁ…俺だって全く身に覚えが無い訳じゃないし…。人ってそういう生き物だろ? そうやって成長して大人になっていくんじゃないかな?」


(わたくしは…明空様を見くびっていましたわ…。明空様が素敵な方である事は、とっくに分かっているつもりでした…。でも、明空様はわたくしが思っていた以上に聡明で大人な方でしたわ…。そう…これは疑い様がありませんわ…。明空様は…明空様は…)


「ありがとうございます…わたくしの王子様…♡」


「…へ?」


「もう…わたくし…自分の思うがままに生きる事に決めましたわ…。わたくし、明空様一筋で参りますわ♡」


「いや…え…どういう意味…」


すると伍蝶院は、顔を紅潮させつつも、先程龍乃心の顔を見ただけで逃げ出したのは何だったんだという位に龍乃心に密着した。


「イヤですわ、明空様、分かってる癖に…♡ でも、焦らされるのもわたくし、キライじゃないですわよ? み・よ・く・様…♡」


「ちょ、朝倉、元治、助けて…」


「まぁ助けてだなんて酷いですわ…。でも、わたくし、明空様になじられらるのは、寧ろ興奮しますわ…♡」


「なんかもう、御嬢様キャラでも無くなってるんだけど! ちょ、誰か助けてくれ!」


龍乃心はこの日程、あんな事言うんじゃ無かったと、自分の発言を後悔することは無かった。

その一方で、伍蝶院の本当の姿を少し知れた様な気がして、悪い気はしなかった。

ただ、伍蝶院の変態覚醒に加担してしまった事にはやはり後悔しかなかったのであった…。


「ただいま…」


「龍乃心か。おかえりー」


「あれ、父さんもう帰ってたんだ…?」


「あぁ、今日は仕事の方が早く終わったからね。龍乃心は学校初日どうだった?」


「…あぁ、すんごい疲れた…」


「そ…そりゃ大変だったね…」


あれから、龍乃心は教室に戻ったが、伍蝶院とのあらぬ噂がたっており、散々な目にあってしまった。

達也は達也で、保健室に転校初日の龍乃心を残してきた事で、先生に叱られたらしい。

内心、龍乃心がざあまみろと思っていたのは、誰も知る由もない。


伍蝶院は伍蝶院で、何故か熱を出してしまい、結局伍蝶院の母親が来て、一緒に帰って行った。


「今日は友達とかできたかい?」


「友達…まぁ喋った奴は何人か居たけど…」


「そうか! まぁ龍乃心にしちゃ上出来だ」


「はぁ…疲れたから、ちょっと寝るよ」


「はいはい。寝るんだったら、ちゃんと毛布かけて寝ろよー」


「分かった」


こうして龍乃心にとって怒涛の一日が終わった。

学校がこんなに疲れるものだと思っても無かった龍乃心は、これから先も学校に通う事が出来るのか不安でしょうがなかったが、健太や伍蝶院を始め、色々な出会いがあった事も事実だった。


これからの学校生活が、龍乃心にどんな影響をもたらすのかは、後々分かってくるだろう。

次の更新は11月04日(月)の夜頃となります。

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