6話 華麗なる逆襲
「お、お前、ボールも投げたこと無いの!? 今まで!?」
龍乃心の衝撃の告白に一同、唖然となる他無かった。
それはそうである。幼稚園や小学校の時点でほぼほぼ何かしらのイベントや遊びでボール遊びを経験するであろう日本人にとって、ボールを投げた事も触った事も無いなんて想像もできないだろう。
「明空、お前それ先に言えよぉ! ボールもろくすぽ投げれねぇんじゃ戦力にもならねぇじゃねぇかよ!」
「こっちの話もろくに聞かないで勝手にチームに誘ったのはお前だろうが…」
「あ、その、すみませんでした…」
「なんにしても、ボールも触った事も無いんじゃ、仕方ないな。今日はみんながドッチボールしているのを見学しててもらうしかないかな。明空、いいかい?」
「すみません、ご迷惑おかけします…」
坂本先生に促される形で龍乃心は、外野の外側で見学する事になった。
「ちくしょー、バカ健太に勝つどころか戦力ダウンじゃねぇかよ~!」
「仕方ねぇだろ、龍乃心だって好きでボール持った事無かった訳じゃなんだから。家庭環境とかもあるんだろうし。そもそも他人に頼って勝とうだなんて考えがもう駄目だろう」
「そうですよ、そもそも先に球技が得意かどうかを確かめなかった元治君が一番悪いですよ。明空君はある意味被害者です」
「分かったって! もう分かったって! お前ら人を追い詰めてそんなに楽しいかよ!」
それからというもの、元治が再び内野に戻り、孤軍奮闘するものの、元治側のチームは少しずつ人数が減っていってしまっていた。
「いやー、相変わらず健太の投げるボールはおっかないなぁ。俺外野で良かったぁ」
「でも朝倉君は元外野だから、この後内野に戻らなきゃいけないんじゃないですか?」
「おい、元治ぃぃ!! お前、俺が内野に戻る前に健太をアウトにしてなかったら、マジでぶっ飛ばすからなぁぁ!!」
「朝倉君、君も大概ですね…」
その間、龍乃心は外野の外でひたすらみんながドッチボールをしている様子を見ていた。
一見するとただじっと観察をしているだけだが、その凄まじい集中力を目の当たりにした坂本先生は、龍乃心から只ならぬ雰囲気を感じ取っていた。
(なんだ、この集中力は…。もしかして明空…)
すると龍乃心は立ち上がり、外野の元にやってきた。
「もう大丈夫、大体分かった」
「大体分かったって…何を?」
達也は龍乃心が何を言っているのか、全く理解できなかった。
すると、龍乃心と達也達がいる外野の方へボールが飛んできた。
「お、やっべぇ、ボールがこっちに飛んで来たわ!」
すると龍乃心は飛んできたボールを難なくキャッチした。
「明空、お前今普通にボールキャッチした…?」
「確かボールに全く触った事が無かったハズじゃ…」
達也と春樹が目の前の光景に戸惑っていると、龍乃心はスタスタと歩き出し、やがて助走をつけた。
(確か、顔面以外を狙えばいいんだよな…?)
ルールの確認を頭の中でしながら、龍乃心は手に持ったボールを放った。
龍乃心の手の平から放たれたボールは、すごいスピードで相手チームの男子Aをとらえた。
「あぐぁ!!」
珍妙な叫び声をあげたかと思うと、龍乃心の放ったボールに吹っ飛ばされた男子Aはその場で仰向けになってしまった。
(しまった、ボールの威力がまだ強すぎたか…?)
龍乃心の思わぬ豪速球に、みんな呆気に取られてしまった。
すると、坂本先生が男子Aの元へ急いで駆けつけた。
「おい、武本! 大丈夫か!?」
武本と呼ばれた少年はすぐに立ち上がると、不思議そうにボールを当てられた箇所をさすっていた。
「あれ、全然痛くない…?」
「痛くない? バカいえあんな豪速球を当てられて痛くないわけが…」
しかし、坂本先生の心配を他所に、武本少年はピンピンして、さっさと外野の方に走って行ってしまった。
「み、明空、お前ついさっきまで全然まともにボールなんて投げれて無かったじゃんか! なんで急に…」
「なんでって…みんなが投げてるのをずっと見てたから…」
「見てただけで…? 何その天才設定!」
「理解に苦しみますが…とりあえず、我々のチームが勝つ可能性が出てきたという事ですね」
「いや、良い感じの事言ってるけど、このチームでお前が誰よりもやる気無いからな!」
すると元外野が内野に入る時間となったので、龍乃心は内野に入った。
「おい、明空、お前さっき投げたボールすげぇじゃんか!」
元治はさっきガッカリしていた表情は何処へやら、とても興奮した様子で龍乃心に話かけていた。
「うるさい、まだ勝負には勝ってないだろ? わき見してないで、相手だけ見てろ」
「は、はい…すみません」
龍乃心のいつになくやる気に満ち溢れた姿に、元治は思わず敬語になってしまった。
「どうやらドッチボールも知らない、只の生意気転校生じゃねぇみたいだな」
「知らなきゃ学べば良いだけだ。先に知ってる方が偉いんじゃない。どれだけ活かせるかだ」
こうして、両チームの熾烈なボールの投げ合いが繰り広げられた。
龍乃心の加減しつつも凄まじい豪速球の前に、相手チームは為す術なくやられていってしまった。
一方、健太チームも龍乃心達に負けじと応戦し、元治チームの戦力を削っていった。
気付けば、両チーム、龍乃心と健太の一騎打ちの様相になっていた。
「はは…まさかドッチボールでここまで白熱するとはね…」
坂本先生も思わず見入ってしまっていた。
「いけぇ、明空ぅ!! 健太を倒せばこっちの勝ちだ!」
「あれ、元治ってばまた外野に来たの?」
「おーい、澄玲! 意味もなく外野になんて居る訳ねーだろ!? あぁ、そうですよ、健太の奴に当てられたんですよ、文句ありますか!?」
「そんなに威張って言われても…」
「おい、澄玲と元治、そろそろ決着着くぞ!」
健太は渾身の投球を龍乃心に向けて放った。
龍乃心は多少、後ろに後ずさりしたが、見事にボールをキャッチした。
「すげぇ…健太のボールを真正面から受け止めた奴なんて初めて見た…」
それから龍乃心も例の剛速球を健太目掛けて投げると、健太もそれを見事にキャッチしてみせた。
(これじゃ埒が明かないな…。でもこれ以上やると相手に怪我させてしまうし、どうするか…)
その後も息もつかぬ程の剛速球の投げ合いが続いたが、中々膠着状態から抜け出せずにいた。
段々坂本先生は時計を気にし始めた。
何故なら、授業の終わりまで後、2分しか残されていないからだ。
ただ、この白熱の勝負に水を差す様な事はできない。
坂本先生は葛藤に苛まれていた。
しかし、決着の時はやってきた。
(よし…あいつの弱点が分かった。後は…)
健太がボールをキャッチした瞬間、龍乃心は突然相手チームの方へ全力で走りだした。
「なんだ明空の奴、健太の方へ突っ込んで行くぞ?」
「もしかして、ゼロ距離でキャッチする気じゃ…」
(バカが! お前の負けだ明空!)
健太は走ってくる龍乃心の足元目掛けてボールを思いっきり投げた。
足に当たればキャッチする間もなく地面にボールが落ちてしまうだろうという戦法の様だ。
しかし、明空はまるで健太が足元へボールを投げてくるのを予知していたかの如く、ボールが龍乃心のつま先に当たる瞬間に、軽く足を後ろに引き、完全にボールの勢いを殺し、優しく跳ねたボールをキャッチした。
(な…なんで分かった…)
健太の一瞬の動揺を龍乃心は見逃さず、健太が今しがたした様に、龍乃心は健太の足元目掛けてボールを投げた。
そして、そのボールは健太の足に直撃し、そのまま地面に落下した。
龍乃心が走り出してから、数秒にも満たない出来事だった。
「あ…」
坂本先生はやっと訪れた決着に完全に見とれてしまっていたが、すぐに我に返り、試合終了のホイッスルを吹いた。
「試合終了!! 今回の勝負は明空チームの勝ち!!」
白熱した勝負の幕引きに、みんなからの惜しみない拍手が沸き起こった。
※次の更新は10月14日(月)の夜頃となります。