5話 ドッチボール
龍乃心の口から出た衝撃の言葉に一同、シーンとなった。
「そっか、明空君はドッチボールを知らないのか。じゃあ後で軽くルールを教えるよ!」
「すみません、ありがとうございます」
普通に考えれば、ドッチボールを知らない子供がいても別に不思議な話ではない。
しかし、日本の小学生にとってドッチボールとは切っても切り離せないレク的存在なのである。
「み、明空、ドッチボール知らないってマジかよ…。今までどういう人生歩んできたんだよ…」
元治が驚いた表情で龍乃心に話しかけてきた。
すると、龍乃心は若干ムッとした表情で答えた。
「お前に人生をどうのこうの言われる覚えはないんだけど…」
「あ…あの、はい、すみません…」
龍乃心の表情に気押しされ、元治は委縮してしまった。
「まぁまぁ、さっき坂もっちゃんも言ってたけど、ルール知らないんだったら、俺らで教えりゃいいんじゃないの?」
達也が元治を宥めつつ、周りに提案した。
「まぁ…それもそうだ! よし、明空! 俺達がお前にドッチボールがなんぞやってのを教えてやっから、死ぬ気で覚えろよ!」
「うん、分かった」
それから5分程度で、達也と元治で、龍乃心へのレクチャーを行った。
「よし、明空! ドッチボールが初めてって事だが、俺はお前のあの天性の運動神経を信じてる! 力を合わせて、バカ健太の野郎をぶっ飛ばそうぜ!!」
「おい、元治、俺はそのあだ名認めてねぇっつってんだろ」
背後からまたしても寒河江健太が現れた。
どうにもこの少年は背後から現れるのが好きらしい。
「ばっきゃろう! こっちにはなぁ、運動神経抜群の明空がいんだぜぇ! いつもみたいにはいかねぇかんな!」
「元治…お前はプライドの欠片もないのかよ…」
「うっせぇな達也! さっきも言っただろう!? 勝負ってのは勝ちゃいいのさ、勝ちゃあ!!」
「…お、おい朝倉…、元治の奴、どうしちまったんだ? 頭でも打ったのか…?」
「うーん…まぁいつも通りじゃね? 多分、健太に勝ちたい気持ちで頭がパーになっちまったんじゃない?」
「はっ…、俺にドッチボールで勝ちたいがためにこんな弱そうな奴にまですがるなんて…」
健太が呆れた様な口調で言うと龍乃心が憮然とした表情で立ちふさがった。
「…誰が弱そうだって?」
「なんだよ転校生…文句でもあんのかよ?」
「弱いかどうかは実際に戦ってから言え」
「戦う前から分かんだろ? ドッチボールもろくに知らないのに勝てるわけねぇだろ?」
「お前だってその図体で動けるのか」
「は…?」
「やばーい、明空の奴、健太の事を遠回しにデブって言っちゃったよ…」
「朝倉、今なんか言ったか…?」
「別にー。何も言ってないよ~」
達也はとぼけた振りをしながら、その場を去り、
両者一歩も譲らない睨み合いになってしまった。
「お、おい健太、明空、さすがに喧嘩はやめとけって…」
元治が慌てて両者を宥めた。
そこへ坂本先生がやって来た。
「ホラホラ、お前ら、何してんだ、そこで! 睨み合ってなんかいないで、こっちへ来い!」
坂本先生に連れて行かれる形で、龍乃心達がドッチボールのコートに向かった。
「よーし、じゃあ今からドッチボールを始めるぞ! 各2チームに分かれたな!? 各チーム内野と外野に分かれろー!」
龍乃心はドッチボール初心者という事で、まずは外野からスタートし、ドッチボールの試合がどのように進んでいくのかを外から見て、慣れてもらう事にした。
同じく外野スタートだった達也が龍乃心の元にやって来た。
「まぁ元治はあんな事言ってたけど、初めてなんだし、気楽にやってくれよ」
「あ…うん、ありがとう」
「大体、アイツいっつも口先だけだからさ」
「そうなのか?」
「あぁ。すぐに分かるよ」
龍乃心と達也が話してる内に試合が始まった。
「オラー、健太! 俺の豪速球を喰らいやがれぇ!」
元治が投げた全力投球のボールを健太はいとも簡単に受け止めると、速攻で元治に投げ返した。
健太の豪速球にあえなく元治は吹き飛ばされた。
「ホラな」
「ホントだな」
元治は肩を落とし、とぼとぼと外野に歩いて行った。
「口だけ」
「口だけ元治、外野へようこそ」
「オイコラ達也。絶対に明空に吹き込んだのお前だろ」
「いや、事実だし、そこんところはクラスメートとして、ちゃんと教えとかないとさ」
「余計な事言うんじゃないよ! 少し位夢見たって良いじゃねぇかよ!」
すると、すぐに春樹も外野にやって来た。
「なんだ、春樹、お前ももう当てられたのか?」
「はい、健闘虚しく…」
「なんか春樹が健闘虚しくって違和感しかないんだけど…」
「でも、僕ドッチボールって好きですよ」
「へぇー、なんか意外。春樹ってスポーツ全般嫌いなイメージがあったから」
「ドッチボールは一度当たってしまえば、外野でずっと突っ立ってれば良いですから。こんなに楽なスポーツは無いですよ」
「いや、春樹の好きの判断基準、歪過ぎだから! 要は楽したいだけじゃねーか」
春樹は何も言わずにただ微笑んだ。
「いや、何してやったりみたいな顔してんだ!」
すると、こちらの方にボールが飛んできた。
そのボールを元治がキャッチすると、龍乃心にボールを投げた。
「よし、頼むぜ、ウチの最終兵器!」
龍乃心はボールを受け取ろうとしたが、何故か弾いて落としてしまった。
「おいおい、しっかり受け取ってくれよ~」
元治は苦笑いしながら、ボールを拾い上げると、再度ボールを龍乃心に投げて渡した。
しかし、またしても龍乃心はボールを受け取り損ねてしまい、落としてしまった。
「なんでだよ、何回ボール落とすんだよ! あれか、そんなに俺からボール受けとるのが嫌なのか!?」
「いや、別にそう言う訳じゃ…」
(もしかして、明空って…。いや、さすがにそれは無いだろ…)
達也の頭に、ある疑惑がをよぎったが、そんなのはさすがにあり得ないと思い、考えるのをやめた。
しかし、達也の考えが当たっている事が裏付けられるのは、それから数十秒もかからなかった。
ようやく龍乃心がボールを拾い上げると、元治が声を上げた。
「よーし、明空! ついにお前の力を解き放つ時が来たようだ! その腕から放たれる豪速球で健太の奴をぶっとばしちまえ!」
「ここまで元治が言うって事は、それなりに早い球を投げるのか? なんにせよ受け止めてやる…」
龍乃心は少し助走をつけて思いっきりボールを投げた。
ボールは相手チーム目掛けて…ではなく、相手チームの方とはまるで違う明後日の方向に飛んで行ってしまった。
「あらまー。でもすげー遠くまで飛んで行ったなぁ。強肩は強肩だな」
達也はのんきに、龍乃心の強肩振りに感心していた。
「おいい、明空ぅ!? なんで!? なんであっちに投げた? なんか気に食わない事でもあった?」
元治が血相を変えて龍乃心の元へ詰め寄った。
すると龍乃心の口から衝撃的な言葉が飛び出してきた。
「いや、俺…ボールとか触った事も投げた事も無かったから…」
一同、言葉の意味が瞬時に理解できなかった。
「えっと、ごめん…もう一回行ってもらえるかな?」
元治が思わず聞き返した。
「いや、だからボール触った事も投げた事もないって」
「ま…マジっすか…」
ドッチボールやった事ない発言に続き、一同を困惑の渦に巻き込んでいった。
※次の更新は10月07日(月)の夜頃となります。