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明空の先の日常にて  作者: ふくろうの祭
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49話 焼き芋

すっかりと秋の風に染まっていった11月。

村を囲う山々もすっかり紅葉に覆われ、美しい景観を放っていた。


「いやぁー…この村もロンドンに負けず劣らず寒くなってきたなぁ…」


龍乃心の父が手を擦りながら白い息を吹きかけ、ストーブに灯油を入れていた。

今日は休みだったようで、パジャマの上に褞袍を羽織りながら部屋をウロウロしていた。

すると、龍乃心が早朝ランニングから帰ってきた。


「おかえり。汗かいたままだと風邪ひくから、シャワーで流しておいで」


「うん。父さんは今日休み?」


「そう。ここんとこ働きづめだったからね」


「ふーん…」


特に大した興味も見せず、龍乃心はシャワーを浴びに行ってしまった。


「…難しい年頃なのかねぇ……」


龍乃心の父は、しみじみとしながら淹れたての緑茶を飲みながら呟いていた。

その後すぐにシャワーを浴び終わった龍乃心が出てきて、髪を乾かしていると、誰からか電話が鳴った。


「はい、明空です」


龍乃心の父親が出て一言二言喋ると、龍乃心に電話に代わるように言って来た。


「龍乃心、元治君から電話!」


「元治から…? 分かった」


龍乃心は髪を乾かすのを中断し、父親から電話を受け取った。


「はい」


『明空か!? おはようっす!!』


相変わらず元治の電話越しの声は、音割れ酷くてうるさかった。


「朝っぱらからうるさいな。何か用か?」


『用も無いのに、朝から電話しねぇよ! それより今日って明空暇?』


「特には予定無いけど…」


『そっか、じゃあ今から俺んち来いよ!! 実は父ちゃんが会社から沢山サツマイモ貰って来たから、おじいちゃんと一緒に焼き芋しようかって思っててさ!!』


「焼き芋ってお前、こんな朝っぱらから焼き芋食べる気なのか…?」


『違う違う、焼き芋っつっても、色々と準備する事があるんだよ。だから先にその準備を今からするって事!』


「はぁ…まぁ良いけど。じゃあ支度したら行くよ」


『OK! じゃあ俺は他にも声かけてみるから! じゃあまた後で!!』


いつもの様に用件を言い終わると、元治は勢いよく電話を切った。


「龍乃心、今日はどっか行くのか?」


「元治の家で焼き芋するから、今から来いって」


「焼き芋…? こんな朝早くから?」


「それ、俺も同じ事言った。なんか色々準備があんだってさ」


「準備って焚火に使う葉っぱを拾う位じゃ…まぁ良いか、気を付けて行きなさい」


「うん」


龍乃心は途中だった髪を乾かし終え、着替え終わると玄関に向かった。


「龍乃心、これ元治のご家族にって事で渡してもらえるか?」


「…お菓子?」


「いつも元治君やそのご両親にはお世話になっているからね。ほんの気持ちって事で」


「分かった、渡してとく」


龍乃心は父親からお菓子を受け取ると、家を出発して元治の家に向かった。

家の周りの木々も徐々に赤みが増してきており、もう少ししたら完全な紅葉になりそうな勢いだった。


(日本の紅葉の事は知ってたけど…実際に見るとやっぱり綺麗だな…)


龍乃心自身、父親から写真等を介して紅葉を見せてもらった事は何度もあったが、この目で実物を見るのは初めてだった。どうやら紅葉の事がいたく気に入った様だ。

紅葉に見とれながら歩いていると、気が付いたら元治の家の前に着いていた。

家の庭には何やら色々と準備している元治の姿があった。


「元治、来たぞ」


「おー、早かったな明空!」


「お前が早く来いって言ったんだろ」


「あれ、そうだっけ? まぁいいや。他にも後2、3人来るから、揃ったら出発するぜ」


「…出発?」


元治の家で焼き芋をするというから呼ばれてきたのに、一体これからどこに行こうというのか、龍乃心には全く理解が出来なかった。

少しして春樹と澄玲、そして何故か神来社が一緒にやって来た。


「おはよー二人とも♪ 午前中はやっぱり寒いねー!」


「朝晩は気温が一桁になる事も増えてきましたからね」


春樹は寒さに弱いらしく、まるで真冬の時の様な格好でやって来た。


「おはよう…あれ、今日は神来社さんも一緒?」


「あ、う、うん…明空君、おはよう」


神来社は恥ずかしそうにしながらも、龍乃心に挨拶をした。ナチュラルに元治をスルーした事については、特に誰も触れなかった。


「そうそう、私が誘ったの! 龍君も杏ちゃんと割と仲良いんだよね?」


「あー…うん、まぁ」


龍乃心がどっちともつかない様な曖昧な返事をすると、神来社は顔を赤くして下を向いてしまった。

秋遠足やプリントの件を経て龍乃心と神来社は、少しではあるが、学校で会話を交わす様になっていた。

そしていつの間にやら澄玲とも仲が良くなっている様だった。


「そっかそっか♪ あれ元治、達也は?」


「達也は姉ちゃん達に連行されて、隣町に行くんだとさ」


「あら残念。所で焼き芋って今から焼く気? 私朝ごはん食べちゃったんだけど」


それもその筈で、今の時刻は朝の9時だった。


「んな訳ねぇだろう? 今から焼き芋をする為の準備をするんだよ」


「準備って…枯れ葉とか木の枝集めて、火をつけるだけじゃないの?」


「その枯れ葉と木の枝集めが肝なのよ! 今から枯れ葉と木の枝集めに山に行くぞ!」


「……はっ?」


元治による突然の入山宣言に澄玲は言葉を失ってしまった。


「いやいや、あんた何言ってんの? 枯れ葉とか木の枝なんかそこら辺に幾らでも転がってるじゃん! なんでわざわざ山行く必要があんの!?」


「これだから素人は困るんだよなぁー! そこら辺にある枯れ葉でも出来るっちゃあ出来るんだけど、本当に美味しい焼き芋をするには、山に行っていい枯れ葉と木の枝を集めてくる事が重要なんだよ」


「じゃあ元治が一人で拾ってくればいいでしょうよ」


「バカ野郎、焼き芋する時に必要な枯れ葉とかって滅茶苦茶量がいるんだぜ? だからみんなで手分けして…」


「だったら……」


澄玲は元治の前に立つと深く腰を落とした。


「電話の時にそれ最初に言えやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「ごふぉぉ!!!」


澄玲の渾身の右ストレートが元治のみぞおちに直撃した。


「じゃあ最初からそれぞれビニール袋とか持ち寄って、山の前集合で良かったでしょうが!! 私と春樹は兎も角、龍ちゃんと杏ちゃんは家の方角的に二度手間になっちゃうでしょ!」


「だ…だって、みんなで一緒に出発したいじゃん!!! 軍手とか持ってお喋りしながら山に向かって歩いて行きたいじゃんかよぉ!!」


「その意味わからない拘り!?」


龍乃心と春樹は顔を見合わせながら、思わず溜息をついてしまった。

結局軍手やらビニール袋やらを用意した後、元治の家を出発して山に向かう事になった。

出発の間際、元治のお爺ちゃんがお見送りに来てくれた。


「今から山に行くって? 気を付いて行くんだぞ」


「分かってるって! 沢山取って来るからさ!」


「しかしなんだってわざわざ山に取りに行かんでも、そこら辺に転がってる枯れ葉とかで……」


「おい元治、元治のお爺ちゃんあんな事言ってるけど、本当に山に行く必要あるのか?」


龍乃心は不審に思って元治を問い詰めたが、元治は聞こえない振りをして吹けない口笛を吹いていた。


「おい澄玲、これ絶対元治が山に行きたいだけじゃ……」


「はぁ……元治の山好きには困ったもんね」


「よーーし、じゃあみんな行くぜェェェェェェェェェェェェ!!!」


こうして本当に必要があるのかどうかわからない枯れ葉&木の枝採集をしに、山を目指して出発した。

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