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明空の先の日常にて  作者: ふくろうの祭
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48話 秋の杏の冒険

校舎を出た神来社は特に意味も無く辺りをキョロキョロしながら、歩いて行った。

毎日の様に歩いている道のはずなのに、まるでいつもと違う道を歩いている様な周りの景色の色が違って見える様な、そんな感覚に襲われていた。


「ふぅ…」


とりあえず自らを落ち着かせようと深呼吸をして、冷たい空気を肺に取り込んだ。


(秋遠足のお返し…しなきゃ…!)


神来社の中では、秋遠足の時に龍乃心に沢山迷惑をかけてしまったという申し訳なさと、色々お話をして少し仲良くなれたという嬉しさが膠着状態になっていた。

そうした気持ちが一時的に高まっているせいか、神来社は少し顔が火照っていた。


「うぅ…こんな顔で明空君に会えない…」


そんな事を考えながら歩いていると、向こうから見覚えのある顔がこちらに向かって来た。

それは神来社の母親であった。


「あら、杏おかえり。どうしたのキョロキョロしながら歩いて」


「あ、うん、ただいまお母さん。あの、その、私、明空君の家に用があって」


「明空君…ああ、秋遠足の時に杏を助けてくれたって言ってたクラスメートの子ね! 何? 杏、今からその子の家に遊びにでも行くの?」


「ちちちちち、違うよ! 明空君が風邪ひいてお休みしてたから、学校で配られたプリントを届けに行くだけ…!」


「あははは、分かった分かった! もうそんなに顔真っ赤にして否定しなくても良いのに~♪」


母親の言う様に、神来社は恥ずかしさから顔が真っ赤になっていた。そして神来社と違い、神来社の母親はどこか茶目っ気のあるおおらかな性格そうであった。


「じゃあお母さんはこれから仕事に行ってくるから、宜しくね! プリントもちゃんと届けるのよ?」


「う、うん。お母さんも仕事いってらっしゃい」


そういって親子は別れ、神来社は再び歩き出した。


しばらく歩いて行き、ようやく龍乃心が住んで居る家の近くまでやって来た。


「確か明空君の家ってここら辺だったような…」


先程にも増して周囲をキョロキョロしながら歩いていくと、それらしきアパートが見えてきた。


「確かこのアパートだった様な…」


神来社はアパートの前に辿り着いた時、重大なミスに気付いてしまった。


「あ…私……明空君のお部屋の番号…知らない……」


痛恨のミスに気付き、どうしようも無く途方に暮れていると、目の前からおじさんがやって来て話しかけてきた。


「お嬢ちゃん、そんな困った顔してどうしたの?」


「え、あ、その、その、このアパートに住んでる友…クラスメートの子に…その…学校のプリントを渡しに…」


「学校のプリントをねぇ……あ、お嬢ちゃんもうしかして明空さんちの坊ちゃんのクラスメートかい?」


「あ、はい、そうです! あれ、でもなんで明空君の事……」


「あはははは、なんでも何もおじさん、ここのアパートの管理人だからね! お嬢ちゃん位の年の子供が住んでんのは、明空さんとこの坊ちゃんしかいないって知っているからさ」


「あ、か、管理人さんだったんですね」


「いきなり話掛けてビックリさせて悪かったね。わざわざご苦労さん。明空さんの部屋はこっちだからおいで」


そう言ってこのアパートの管理人は、アパートの階段を登って行ったので、神来社も慌ててついて行った。


「はい、ここが明空さんの部屋だよ。じゃあ後は宜しくね」


そう言って管理人はそのままアパートの階段を降りて行った。


「あ、そ、その、教えてくださいまして、ありがとうございました!」


管理人は振り向かないまま、手を振ってどこかに行ってしまった。

神来社は龍乃心の部屋の前に立ち、緊張がピークに達していた。


「すー…はぁ…すー…はぁ…」


神来社は何度も深呼吸をして、何とか緊張を紛らわせながら、ようやくインターホンを押した。


ピンポーーン………!


しかし、中から出てくる様子が無かった。


「あれ…居ないのかな…?」


神来社はもう一度インターホンを押してみた。


ピンポーーン………!


やはり中から物音ひとつしなかった。


「もしかして、病院に行ってるのかも……プリントをポストに入れて帰ろう…」


龍乃心に直接プリントを渡せなくて少しガッカリした様な、緊張から解放されてホッとした様な複雑な気持ちになりながら、ポストにプリントを入れようと自分のカバンをガサゴソしていた。

すると中から誰かの足音がしてきて、ドアがゆっくりと開いた。


「はい、どちら様で……ってあれ、神来社さん…?」


中からパジャマ姿の龍乃心が出てきた。


「あ、あ、み、明空君…!?」


「え、あ、いやごめん、今寝ててインターホンで起きたから、出るの遅くなった」


「う、ううん、こちらこそお休み中に起こしちゃってごめんね…」


「いや、それは別に大丈夫だけど、今日はどうしたんだ? わざわざ家まで来て…」


「あ、そうだ…! えっとこれ、明空君の分…」


そう言って神来社は学校のプリントを龍乃心に渡した。


「学校のプリント…これを届けに…?」


プリントを受け取った龍乃心はキョトンとした顔で尋ねた。


「う、うん、クラスで渡しに行けるのが私だけだったのと…み、明空君のおうち、私の通学路の通り道だったから……」


「そうか…今日はわざわざありがとう…!」


「う、ううん、私こそ秋遠足の時、沢山助けてもらったし…その…あの時は本当にありがとうございました! あの時…私なんかに優しくしてくれて、本当に心強かったし、嬉しかった…です…!」


「いや…まぁ…その…どういたしまして…」


龍乃心は神来社からの、思いも寄らない言葉にかなり照れながらも、精一杯の返答をした。


「は、は、早く元気になると良いね…! じゃ、じゃ、じゃあまたね…!」


そう言って神来社は慌ててアパートの階段を降りて行ってしまった。


「あ…うん、神来社さんも気を付けて」


龍乃心からも言葉を掛けられたが、神来社はあまりにも赤面していた為振り返る事が出来ず、その状態で手だけ振ってそのまま行ってしまった。

奇しくも管理人と全く同じような仕草を披露してしまった事を、本人は全く気付いていない。


「…俺も早く体調戻さないと…」


そう言って、龍乃心は自分の部屋に入って行った。


一方神来社は、呆然としながら自分の家に向かって歩いていた。

もはや恥ずかしさと緊張で自分が龍乃心に何を言ったのか、全く覚えていなかった。

…しかし、ただお礼の言葉らしきものを言えたという記憶と、プリントを龍乃心に渡せたという事実だけは確かに神来社の中に残っていた。


「…私…ちょっと…前に進めた…かな…」


そう呟いた神来社は、薄夕焼けに照らされた可愛らしい笑顔を浮かべていた。

こうして一見なんでもない、しかし神来社にとってとっても大きな冒険は、大きな収穫を得て幕を閉じた。

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