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明空の先の日常にて  作者: ふくろうの祭
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47話 小さくて大きな勇気

秋遠足からはや1ヶ月が経ち、暦の上では10月の半ばに差し掛かろうとしていた。

あの頃の残暑はすっかりと消え去り、肌寒くなる日も増えてきて、山の木々も徐々に赤みがかった色が顔を出し始めていた。


「はよーっす、いやー涼しくなってきたなぁ」


相変わらず騒々しい元治が元気良く教室に入って来た。


「いやいや、未だに半袖短パンで登校しておいてそれは無いでしょ」


澄玲が呆れながら元治を見ていた。澄玲はというと季節相応に暖かそうなセーターを着ていた。


「ばっきゃ野郎、子供は風の子っつーだろ!? それに東京の従兄弟だって半袖短パン着てるって電話で言ってたぜ?」


「この村と東京の気温差を考えなさいよ…馬鹿は風邪ひかないって本当なのかも」


「そりゃこんな馬鹿の体ん中には菌も入りたくないわな」


「おいコラ、澄玲と達也、二人揃って朝から馬鹿呼ばわりすんじゃねぇよ」


やや立腹しながら元治は席についた。そして何気なく隣の席を見ていた。先日席替えが行われ、元治の隣の席が法華経篤になったのだが、秋遠足で体調を崩して以来学校に来れずにいる。


「今日もあっちゃん来てねぇのか…」


「確かに今回は長引いてるな…やっぱり秋遠足の時も無理してたんだろうな」


「そうだね…じゃあ今度お見舞い行こうよ。元治抜きで」


「なんでだよ、なんで俺抜きなんだよ!」


「あんたすぐ騒がしくするでしょ。春ごろにお見舞い言った時も病院でナースさんに注意されたらしいじゃん」


「な、なんで知ってんだよ、そんな事…」


「あっちゃんから聞きました~。本人は笑ってたけどね」


「チックショーあっちゃん、学校来たら覚えとけよ」


やや遅れて春樹が教室に入ってきた。


「ふぁ…おはようございます…」


春樹は眠そうに目を擦りながら静かに席に着いた。


「おはよ~、春樹随分眠そうだけど、どうしたの?」


「先日発売されたマジックファンタジアの最新作をやってたら、夢中になってしまいまして…気が付いたら外が明るくなってました」


「え、春樹マジファン3買ったのかよ! 良いなぁ俺まだ母ちゃんに買ってもらえてないんだよなぁ。春樹貸してくれよ」


「今やってるって話をしたばかりなんですけど…。僕がクリアした後でなら」


「あー春樹がクリアするのが先か、母ちゃんに買ってもらえるのが先か…待ち遠しいわ」


「あれ、そういや明空がまだ来てねぇな」


達也はキョロキョロと教室内を見渡していた。確かに龍乃心の姿が見当たらない。


「ほんとだ、珍しく龍ちゃん寝坊?」


「いや、明空って夜寝るの早いっつってたし、毎朝ランニングしてるっぽいから寝坊って事は…」


すると朝のチャイムが鳴り、ほぼ同時に坂本先生が教室に入って来た。


「ほらー、チャイムなったからみんな席につけぇー。えっと…法華経は今日も休みで…あ、あと明空も風邪で休みの連絡が入ったから、みんな宜しくな」


「えぇー、明空も休みかよ」


「龍ちゃんが休むの初めてだね。最近気温の差が激しいし、それで体調崩したのかも…」


「ここの所、朝晩の冷え込みが激しいですからね」


「おらー、この三人いつまで喋ってんだーというか着席しろー」


こうして龍乃心と篤が不在のまま、その日の授業が始まった。

そしてあっという間にホームルームの時間になった。


「という事で今日の連絡事項は以上…と、忘れてた、今日みんなに渡したプリントを明空の家まで届けてくれる奴はいるか? 法華経の分は後日先生がまとめて渡すから、誰か明空の分を頼む」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぃ!!! この、私が責任を持って全身全霊で明空様のご自宅にお届け致しますわぁ♡」


目にも止まらぬ速さで伍蝶院は右手を天高く上げ、私の出番と言わんばかりに起立してみせた。


「いや伍蝶院、お前放課後委員会の集まりだろ」


坂本先生の言う通り、今日は図書委員の集まりがあり、それに出席しなければならない。

何を隠そう犬猿の仲と言われる元治と伍蝶院がこのクラスの図書委員であった。


「そんなものは由比浜さんが一人で出てれば済む話ですわ! 優先順位としては明空様へプリントを無事に届ける事が何よりも高い事は明確でして!?」


「でして? じゃねーわ!! 何堂々と俺に仕事全部押し付けようとしてんだ!」


元治が伍蝶院の方を見て激高してみせた。元治からしたら当然の反応である。


「あら、あなた男の癖にそんな事も出来なくて?? それとも私が居ないのがそんなに寂しいんですの? やだわ、まさかあなた私の事…」


「んな訳ねぇーだろうが!! なんでお前みたいなインチキお嬢様の事なんて好きにならなきゃいけねぇんだよ!!」


「イ、イ、イ、インチキですって、このケダモノ…!!!」


またいつも茶番かという感じで、クラスのみんながやれやれモードになりつつあった時、坂本先生はどうにか二人を制止した。


「あーもうお前らちょっと静かにしろ! 全くホントに…。とりあえず元治と伍蝶院はちゃんと委員会に出席する事! いいな!?」


「…分かりましたわ」


どう見ても伍蝶院は納得していなさそうな表情をしてみせたが、渋々返事を返した。


「えー話を戻すぞ。この中で明空の家にプリントを届けてくれる奴はいるかー?」


クラスの連中はざわついている中、おどおどしながらか弱そうな手をゆっくりと上げる者が居た。


「あ、杏里…?」


挙手したのは、なんとあの恥ずかしがり屋で引っ込み思案な神来社だった。

友人の意外な行動に、櫻井は驚いてしまっていた。


「…っと、神来社が届けてくれるのか? 念の為に確認だけど、明空の家知ってるのか?」


「あ…あ…はい!…み…明空君の…家…私の帰り道の……途中…なので…!」


しどろもどろしながらも神来社は、家の場所を知っている旨どうにか坂本先生に伝えた。

神来社の説明通り、神来社の家は龍乃心の家がある道のずっと先にあるので、丁度通りかかる。

一緒に登下校した事は一度も無いが、何度か明空が家から出てくる場面を遠くから見かける機会があったので、自然と覚えていたのである。


「そっか、それじゃあ神来社にお願いしようと思う。この後プリント類を渡すから、宜しく頼むな!」


「あ、は、はい! わ、分かりました!!」


こうしていつも以上に騒がしかった帰りの会が終わり、神来社は坂本先生からプリントを受け取り、自分のランドセルに大切にしまった。


「神来社ちゃん、いやに積極的じゃん! さては龍ちゃんの事…」


早速お節介おばさんと化した澄玲が神来社の所にやってきて、揶揄っていた。


「そ、そそそそそそ、そ、そんなんじゃないよ!」


「あーその反応益々あやしー♪」


「澄玲さん、神来社さんが困ってますよ」


春樹はやんわりと澄玲に注意した。


「ごめんごめん、つい…でも神来社ちゃんが何かに立候補したりするのって珍しいよね」


「あ、その…」


神来社はもじもじとしながらも、必死に自分の思いを一生懸命に喋り出した。


「この間の秋遠足…明空君…に…沢山迷惑かけて…でも…沢山助けてくれて……それから…ちゃんとお礼出来てなかったから…せめてこれ位は…って」


段々と俯いて顔を真っ赤にしながらも、自分の気持ちを伝え終わると、急に澄玲に頭を撫でられた。


「そっかそっか、ずっと龍ちゃんにお礼がしたかったんだね。頑張ったね♪」


「あう…えっと…はい」


「生憎、私達みんなそれぞれ用事があって龍ちゃんの家に行けなかったから、丁度良かったかもね! 龍ちゃんの家遠いんだもん。じゃあ神来社ちゃん、頑張ってね!」


「あ…うん、ありがとう…」


すると仏頂面で伍蝶院が会話の中に入って来た。


「あ…えっと…伍蝶院さん…?」


「明空様のプリント…必ず届けて差し上げてくださいませ…」


そう言って、伍蝶院はさっさと委員会の集まりに行ってしまった。


「いや…そんな命がけの使命とかじゃないんだから…」


澄玲と春樹、達也は呆れながらその背中を見送った。

神来社は受け取ったプリントをランドセルにしまい、教室を出ようとした時、急に誰かが肩を叩いた。

驚いて振り向くと、櫻井が立っていた。


「び、びっくりした…どうしたの利美ちゃん」


「あ、ごめん驚かしちゃって。まぁその…まさか杏が自分から行動起こすなんて思わなかったから…」


「あははは…や、やっぱり柄にも無い事しちゃったかな…?」


「ううん、そういう訳じゃないの。寧ろあんなに恥ずかしがり屋の杏が手を上げるなんて思わなくて…感慨深かっただけ」


「利美ちゃん、なんか私のお母さんみたい」


「実際杏のお母さんからは、杏の事宜しくって言われているし…」


「お母さんが…」


「まぁそれだけ! じゃあ早く明空君の家にプリント届けておいで!」


「…うん、ありがとう…! じゃあまた明日ね」


そう言って少し笑みを浮かべながら櫻井に別れを告げると足早に学校を出て、プリントを届けるべく明空の家に向かって歩き出した。

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