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明空の先の日常にて  作者: ふくろうの祭
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35話 お見舞い②

「…なんでじいさんがここに居んだよ…」


「儂がここに居ようが、儂の勝手じゃろうがい。ってその前に…」


そう言って辰じいは龍乃心の前に立つと、思いっきり龍乃心の頭のこめかみの所をグリグリし出した。


「あだだだだだだぁ!! 何しやがんだじじぃ!!」


「それが曾祖父に対する態度と言葉遣いかバカ垂れ!! 『久々に会えて嬉しいな』位言えんのか!!? ここんところ、うちにも顔出さねぇで!! 儂ぁ寂しいんじゃぞ!!」


「自分の寂しさを押し付けんじゃねぇ!! そもそも明日じいさんの家に顔出しに行く予定だろうが!!」


「なんじゃそれ、そんな話聞いとらんぞ!?」


辰じいさんはキョトンとした顔で言った。


「んな訳ないだろ、父さん留守電に入れといたって言ってたぞ?」


「留守電に? 『留守電もーど』とやらにするのは出来るが、留守電の会話を聞くやり方が分からんから、意味無いぞ!」


「威張って言うな! まぁいいや、兎も角明日の昼、父さんと一緒にじいさんの家に行くから!」


「な…なーんじゃ、そういう事だったのかい! べ、別に嬉しくなんか無いけど~? そんなに来たいんなら仕方ないなぁ」


辰じいさんは明かに嬉しそうな態度を隠しきれずにいた。


「いや、別に迷惑なら行かないけど…」


「迷惑な訳あるかい! 明日の昼来んかい!!」


そう言って何故か辰じいさんは、龍乃心の頭に拳骨を喰らわせた。


「なんで殴んだよ…!」


「おっと、こんな所で曾孫と戯れてる場合じゃないな。もうじき帰りのバスが来る頃じゃい」


「そっちから絡んできたんだろうが! というか、じいさんなんで病院に? 具合悪そうには見えないけど…」


「こう見えても齢80を越えとるし、あちこちがたがくるもんだ。おめぇさんもその内分かる」


「…そうだな、70年後位にな…」


すると寝込んでいた元治がむくりと顔を上げた。


「あれ…辰じい…?」


「なんだ元治じゃねぇか。なんでそんな所で寝てんだお前。ひょっとしてコイツが具合悪くて病院まで付き添ってきたのか?」


「違うよ、元治はただの車酔い。俺達、この病院に入院してる友達を見舞いに来たんだよ」


「入院…あぁ、法津華ん所の孫の事かよ。そういや体弱ぇって言ってたな」


「知ってたのか」


「まぁな。あ、いかん、バスの時間に遅れる! じゃあなガキ共!」


そう言って、見事な走りで病院を出て行った。


「ったく、ホントに80越えてんのかよ、あのじいさん…」


すると春樹が受付を終えて、戻ってきました。


「遅くなりました。そういえば、さっきまでここで誰かと話してませんでしたか?」


「話してたと言うか暴力を受けてたというか…俺のひいじいさんが居たよ」


「成る程、通りで騒がしいかったはずです…。そもそも、あのおじいさんが病院に来る必要なんてあるんですか? 後、100年は生きそうですけど…」


「…はは、確かに」


「じゃあ行きましょう。4階に敦君は居るようです」


「分かった。元治もいい加減起きろ」


「…俺、ここでもう少し寝てる…」


「何しに来たんだお前は…。んな所で寝てたら周りに迷惑だろ。ほら、行くよ」


元治は龍乃心の肩を借りながら、ようやくよろよろと歩き出した。


「ちょっ…あんま揺らすなよ、気持ち悪くなる…」


「もし、僕の肩に吐きでもしてみてください。僕の家のフクロウの餌にしてやりますから」


「春樹の家、フクロウがいるの?」


「はい、僕の父親が猛禽類好きで、小さい頃からいます。家族みたいなものですね」


「そっか。なら元治を餌にするのはダメだ。毒で倒れちゃうかもしれないから」


「お…おめぇら、瀕死の人間に対する態度じゃねぇだろうが。覚えとけよ…」


二人で元治を引きずりながらも、なんとかエレベーターに辿り着く事が出来た。


「あ、すみません、4階お願いします」


「あ、はい、よ、4階ですね…」


一緒に乗り合わせた看護師の女性は、顔面蒼白の子を二人で支えている、異様な光景の少年3人組に驚きつつも、4階のボタンを押した。


「えっと…そのお友達は大丈夫なの…? 診察室は1階ですよ?」


「あ、大丈夫です。僕達友達お見舞いに来たんで」


「いや、どうみてもお見舞いするされる側の顔色してるんですけど…」


「この人、元々こういう顔色なので。あ、4階ですね。さぁ元治君、歩いてください」


「あ…あんま揺らさないで…」


そういって、少年3人はエレベータから降りて行った。

龍乃心は、看護師の女性をどこかで見た顔の様な気もしたが、思い出せなかったので考えるのを止めた。

その後ろ姿を看護師の女性はぼーっと見届けた。


「…最近の小学生は、あぁいうプレイが流行ってるのかしら…。それにしても顔色の悪い子を支えてた二人の男の子、どっちも可愛らしい顔してたわ…。ってやだ、つい涎が」


この女性も大概であった。

一方の龍乃心達は、なんとか法華経篤がいる病室の前に辿り着いた。


「ここですね。一人用の病室みたいです。じゃあ入りますか」


春樹はドアを軽くノックして、ドアを開けた。


「失礼します」


「はい。…ってあれ、春樹君と明空君? 久しぶり! 来てくれたんだね♪ …っと…それは元治君…?」


「…お、おぅあっちゃん、来たぜぇ…。体調は大丈夫か…?」


「いやいや、そのセリフ、そっくりそのまま君に返すよ! 一体どうしちゃったのさ?」


「それがよぉ…バスですっかり乗り物酔いになっちまって…」


「そ、そうなんだ…。なんかごめん、僕のお見舞いなんかに来たばかりに」


「別に篤君が謝る事じゃないですよ。元治君はここに横たわっててください」


そういって、春樹は椅子を並べて即席のベッドを作り、そこに元治を寝そべらした。


「おぉ悪ぃな春樹…。お言葉に甘えさせてもらうわ…」


もはやどっちが病人かわかったもんでは無かった。


「篤君は…体調はまだ悪いの?」


「ううん、ここ数日はすっかり良くなってきたよ。お医者さんの正式な許可はまだだけど、来週中には退院して学校に通えるって!」


「そうですか、それは良かったです。あ、これうちの母親から渡された梨です。そこの冷蔵庫の中に入れておくので、好きな時に食べてください」


「わぁ、ありがとう! 僕、梨好きだから嬉しいよ! 春樹君のお母さんに宜しく言っておいて!」


それから、瀕死の元治も含めて学校であった事や、夏休みの出来事、そしてバスに乗ってここまで来るまでの経緯を話し、盛大に盛り上がった。


「ホントに元治君には困ったもんですよ…」


「ちげぇって、いつもならこんなんならねぇもん。絶対運転手の運転が荒かったせいだから! ちくしょー、覚えてろよあの運転手め…」


「あははは! ホントに元治君は面白いねぇ♪ 笑い過ぎて、お腹痛いくらいだよ」


「いや別に笑い取りたかった訳じゃねぇから…。まぁあっちゃんが笑ってくれたんなら、それで良いけどさ」


すると、外からドアをノックする音が聞こえた。


「すみませ~ん、そろそろ面会終了のお時間なので。篤君、お薬の時間…って、あれさっきの子達?」


先程、エレベータでボタンを押してくれた看護師の女性と、その先輩らしき女性が立っていた。


「…誰?」


エレベータに乗っていた時、ずっと瀕死だった元治は当然誰だか分かっていなかった。


「先程、ここに来る時にエレベータのボタンを押してくれた看護師さんですよ。先程はありがとうございました」


「い、いいのよいいのよ、そんなの。それより、ここでまたあったのも何かの縁だから、お姉さんとお友達にならない? これ、私の家の電話番…」


言いかけた所で、先輩看護師の拳骨制裁が飛び出した。


「い、いったーい! 何するんですか、先輩~」


「ったく、年端もいかない少年達に対してお前は何考えてるんだ、朝倉!」


「違いますよ、先輩! この子達、将来絶対有望株ですよ! 私には分かります! だから、今のうちから唾付けとくんじゃないですか!」


「いや、何考えてんだ変態。その言動ただの犯罪者のそれだから」


「先輩こそ何言ってるんですか! 年下の可愛い少年を愛でる事の何がいけないんですか!」


「だからそれがダメだっつってんだろうが! 3次元でそれを実行しようとすんじゃない!」


更に拳骨制裁を食らい、ようやく大人しくなった。


「ごめんね、うちのバカが怖がらせて…」


「あ…いえ、大丈夫です…」


「ともかく、面談時間がもうすぐ終了なので、準備が出来たら退室して頂戴ね。あ、後忘れ物も無いようにね!」


「じゃあね、君達♡ また、お姉さんと会おうね♡」


「お前、もう黙れ!」


「いたーい、暴力反対~」


看護師の二人が出て行くと、春樹と龍乃心の二人は謎のため息をした。


「朝倉って苗字…そしてあのどこかで見た様な顔…。まさかな…」


「あ、ちなみに言っておくけど、朝倉さんって看護師の人、達也君の従姉なんだって!」


「…やっぱり」


龍乃心は内心、『年下好きは血筋かよ!』と突っ込まずにはいられなかった。


「さて…じゃあ僕達もそろそろ帰りますね」


「うん。今日は三人とも来てくれてありがとうね! おかげで本当に楽しかったよ♪ 次会う時は学校でだね!」


「おうよ! その頃にはあっちゃんの元気な姿を見れるの、楽しみにしてるぜ!」


「元治君、そういうのは寝転がって言っても、なんの説得力も無いですから…」


「分かってるよ…!」


元治はようやく立ち上がった。まだ万全では無さそうだが、先程と比べるとだいぶ顔色が復活していた。


「よし、なんとか復活だ! じゃあ、あっちゃんまたな! 何するにも健康は大事だからな! 今度は学校で元気な顔見せてくれよ!」


「うん! 明空君もまたね!」


「うん。じゃあまた学校でね」


こうして三人は病室を出て、エレベータへ向かった。

エレベータを待っていると、先程のショタコン変態看護師が、にやけ顔で物陰からこちらを覗いていた。

しかし、案の定先輩にしばかれて、泣く泣くその場を離れて行った。


「よ…世の中には色々な人がいるんですね…」


「そうだね…」


「流石は達也の家系の血筋だわ…」


「元治も達也のお姉さん達に会った事あるのか?」


「そりゃ何度も家、遊びに行った事あるし。俺が行った時は、話に聞いてた様な事は何も無かったし、寧ろスルーされてた気がするけど…」


「…元気出してください、元治君」


「なんだ春樹、それどういう意味だコラ! 惨めになるわ!」


三人はエレベータを降り、受付カードを返すと病院を出た。

病院の入り口前に生い茂る木々の合間から零れる夕差しが三人を温かく照らした。


「もうすっかり夕方になっちゃいましたね」


「少しずつ日が短くなってくよなぁ…」


「本格的な秋が近付いてるって証拠ですね。さぁ元治君、帰りのバス大丈夫ですか?」


「バカ野郎、この俺がそうなんでも乗り物酔い如きにやられてたまるかってんだ!」


「なら良いですけど…」


春樹はどうにも信用してなさそうな微笑を浮かべた。


「うし、じゃあ帰るぞ~!」


元治の号令のもと、意気揚々と帰りのバスに乗り込んでいった。

三人の乗ったバスは、夕陽を浴びて茜色に車体を染めながら、出発した。

迫りくる秋本番を予感させる虫の鳴き声をBGMに、緑居村に向かって走って行った。


ちなみに、出発して僅か10分後には再び元治は顔面蒼白になり、瀕死の状態に逆戻りしていた。

それ以来、しばらく元治がバスに乗る事は無かった。

※次の更新は09月28日(月)の夜頃となります。

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