33話 9月、来たる。
長い長い夏休みが明け、太陽の陽射しを沢山浴び、日に焼けた子供達がまた元気な声を上げながら、学校へ向かって行った。
龍乃心も長い夏休みを終え、久々の登校となった。
「おーい、明空ぅー!!」
夏祭り以来、久々にあの男のうるさい声を聞いた気がして、少し懐かしくも思えた。
「…朝からうるさい」
懐かしくてもうるさいものはうるさかった。
「なんだよ、夏祭り以来久々だってのに、その反応!」
「…お前は夏休みの宿題終わったのか?」
「バ…バカ野郎お前、それを俺に聞くのは御法度だって知らねぇのか? 今後気を付けろよ!」
「坂本先生に怒られろ、お前は」
しばらく歩いていると、春樹と合流した。
「おはようございます、明空君。あー、あと元治君も」
「ふざけんなよ、嫌々感丸出しの挨拶すんじゃねーよ!」
「そりゃ嫌にもなりますよ。直前になって電話で『宿題見せてくれ』だなんて」
「仕方ないだろ、終わんなかったんだからよ!」
「それをきちんと終わらせて来るのが普通なんですけどね」
「大体よー、夏休みにどっさり宿題出すっつー、学校の教育システムが気に入らねーんだよ俺は! 折角の夏休みなのに、宿題があるばかりに心から夏休みが楽しめねーんだよなぁ! 遊んでても、どこかで宿題の事思い出しちまうんだよ」
「直前まで思い出さなくて、遊び惚けてた結果、僕の所に忌々しい電話を掛けてきたんでしょうが」
「バカ、それは違…うんだよー!!」
「どんだけ動揺しているんですか、君は…」
3人で久々の会話を楽しみつつ、気が付けば学校に着いていた。
学校に来るのも、終業式以来だった。
「あ、春樹、龍ちゃん、おはよー! あとバカも」
教室に入ると、やや浅黒く日に焼けた澄玲が待っていた。
「おはよう」
春樹と龍乃心は、普通に挨拶を返した。
「おいおいおいおい、朝っぱらからバカ呼ばわりたぁどういう事だ、おい」
「それを言うなら、直前になって宿題見せろとかふざけた事抜かしてきた、アンタがどういう事なの?」
「えー…お前、澄玲にも宿題を…?」
「おい明空と春樹、そのゴミを見る様な目をやめろ! これには深い事情があって」
「何が深い事情なんだか…。どうせ遊び優先で、宿題後回しにした結果でしょ? 毎年の事じゃん。言っとくけど、私も春樹も、元治のお母さんから前もって電話で『うちのバカが宿題見せろとか言ってきても、取りあう事ないからね』って言われてんだから」
「んだと!? 母ちゃん、なんつー余計な事を…」
「アンタがダメ過ぎるから、アンタのお母さんが、そんな余計な事をしなきゃなんないんでしょうが!」
「ぐぬぬぬ…」
流石にぐうの音も出ないのか、そのまま大人しく席に座った。
そして、遅れて達也も教室に入ってきた。
「はよーっす。春樹と澄玲、明空、もう来てたのか」
「おはよー。私達が早いんじゃなくて、達也が遅いんでしょ」
「そっかぁ? 別に2学期初日だからって、早く来る必要もないだろ」
「おーーい、俺を無視すんなよ!!」
「あ、ごめんごめん視界に入ってなかったわ、宿題もロクに自分でやろうとしないタコスケ君」
「分かった! お前ら俺が悪かった! 反省してるから、その対応もう止めて! 2学期早々心折れそうだから!」
「去年もおんなじ事言ってなかったか、お前」
やがてチャイムが鳴り、坂本先生が教室に姿を見せた。実に1ヶ月半ぶりの先生である。
「うーっす、おはよう! みんな夏休み中はケガとか病気は無かったかー?」
「せんせー、まずは起立・気を付け・礼でしょー??」
「あぁ、悪い悪い! じゃあ1ヶ月半ぶりにいくぞー! 起立ー、気を付けー、礼!」
「おはようございまーーーーす」
「いや、『ま』の後、すごい伸ばしたな! 2学期最初なんだから、普通に挨拶しようぜ!」
「最初の挨拶忘れてた先生に言われたくないでーす!」
「あ…はい、御もっともです…」
生徒に正論を言われてしまい、坂本先生はぐうの音も出なかった。
「そうだ、もしかしたらもう聞いている人もいるかもしれないけど、篤が体調が思わしくないという事で、今週はお休みだ。幸い、大した事は無いみたいだが、まだ暑さも厳しいから、念の為に休むそうだ」
「えー、あっちゃんだけ夏休み延長戦かよー、いいなぁー!」
「いやいや、お前ら、別に篤はさぼりたくて休むんじゃないんだからな! まぁ来週に会えるのを楽しみにしてろよ?」
「はーい」
朝のホームルームが終わると、全員学校の外に集まって、始業式を行った。
このクソ暑い中、校長先生のどうでもいい夏休み中の出来事を延々と聞かされ、内心殺意が沸いていたのは別の話だ。
やがて、始業式が終わると、みんなで教室に戻った。教室はエアコンが効いているので、まるでオアシスにでも来たかの様だった。
「いやー、暑かったぁ…。なんでいつもいつも校長先生の話って長いんだろーなぁ」
元治は汗だくになりながら、うちわをしきりに扇いでいた。
「まさか、トマトの成長話を聞かされるとは思わなかった…。去年、俺達も育てたわって感じな!」
「今日は帰ったら、そっこーアイス食べよーっと♪」
「澄玲、お前祭りでもアイス沢山食ってなかったか? そんなアイス食ってばっかいっと、また太…」
元治が全てを言い終わる前に、声の主はなんらかの衝撃を食らい、ノックダウンしていた。
「あれー、何か言った―??」
「いいえ、言ってません」
龍乃心、達也、春樹の見事なハモリが教室に響いた。その後、坂本先生も教室に戻って来た。
この日は授業が無く、午前中で帰宅だったので、明日の連絡だけ先生から共有し、解散となった。
「起立・気を付け・礼! さようなら!」
「あー、元治は今から先生と一緒に職員室来ーい。お前のお母さんから宿題の件、聞いているぞー」
「なんでだよー!! 母ちゃんの連絡網怖ぇーよ!! なんで先生まで知ってんだよ!」
「それは自業自得というやつだ~。さぁ行こうかー」
こうして、元治は坂本先生に連れられ、職員室の方へ消えて行った。
元治は連れて行かれ際、龍乃心達の方に向かって何かを叫んでいたが、何も聞こえない振りをした。
「さて…俺達も帰りますか」
「そうね、元治のバカ待ってても仕方ないし。春樹と龍ちゃんも帰るでしょ?」
「あ…うん、そうだな」
「じゃあみんなで帰りましょう」
そう言って龍乃心達が教室を出ようとすると、誰かが呼び止める声が聞こえた。
「お待ちになって、明空様!」
声の主は、夏祭り以来の『伍蝶院 苺』お嬢だった。
「伍蝶院…どうしたの?」
すると、伍蝶院は周りをキョロキョロ見ながら、龍乃心達に尋ねてきた。
「今日はあの忌々しい男は一緒じゃなくて?」
「あのバカなら坂本先生に引っ張られて、職員室に連行されていったけど」
「おほほほ、そうでしたの♪ 丁度良いわ、わたくしも明空様とご一緒させても宜しくて?」
「だって。明空、どうする?」
「え? いや、別に俺は良いけど…」
「ま、まぁ…明空様がわたくしを広大なる愛で受けて入れてくださいましたわ♡ 今学期も幸先の良いスタートが切れましたわ♡♡」
「ま。また随分な過大解釈ですね…」
春樹も呆れ気味で笑ってしまった。
「ねぇ苺ちゃん、確かに元治はバカでデリカシー無くてバカでうるさくてバカだけど、別に悪い奴じゃないから、そんなに邪険にしなくても良いんじゃない?」
と、ついさっきまで邪険にしていた張本人が急に元治のフォローをし出した。
「…わたしくも別に好きで軽蔑している訳ではないですわ…。でもあの男、信じられないんですのよ!! 夏休み最終日に『宿題、全部見せてくれ』って…。どういう神経しているのかしら!」
「ごめん苺ちゃん、前言撤回。やっぱあいつクズだわ。5人で帰りましょ♪」
「あいつどんだけ見境無しだよ。逆に清々しいわ」
こうして、新たにスタートを切った龍乃心達は、話を弾ませながら学校を後にした。
残暑が残るものの、季節は気温と反比例する様に赤みを帯びて、徐々に秋への衣替えが進んでいくのだろう。
この先々にも、龍乃心達にとって新たな出会い、そして別れがまっている事をまだ誰も知らない。
※次の更新は09月14日(月)の夜頃となります。




