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明空の先の日常にて  作者: ふくろうの祭
31/49

31話 姉弟

「……達也?」


完全にノックアウトされてしまった達也は、絨毯の上で伸びてしまっている。


「…ところであんたは…?」


今度は龍乃心に対して、背後から質問を投げかけられた。

龍乃心は観念し、昌と呼ばれる少女の方を向いた。


「あ…はい…達也の友達で…4月にロンドンからこっちに越してきた明空です。なんか…良く分からない内に達也に連れてこられて…」


龍乃心はいつも以上にボソボソと答えた。


「…ロンドン…? …あ、もしかして!!」


急に声のトーンが上がったかと思ったら、昌は思い切り龍乃心の両肩を掴み。龍乃心の顔をジロジロ眺めた。

龍乃心は何がなんだかさっぱり分からず、ただただ立ち尽くしていた。


「君、明空君だろ!?」


「え…? あ、はい…」


何故か名前が知られている事に戸惑いつつも、なんとか龍乃心は答えた。


「やー、カッコ可愛い顔してんね! 確かに噂通りだわー!」


昌はキラキラした顔で龍乃心の顔をガン見していた。


「あ、ゴメンゴメン、勝手に盛り上がっちって! あたし、達也の姉の昌! しくよろ~♪」


「あ、はいどうも…えっと、自分は明空って言います…」


「あははは、それはもう知ってるって! 可愛いんだからこのぉ♪ …って、オイコラ達也、あんたなんで床で寝転がってんだよ?」


「おめーが背負い投げで、俺を叩きのめしたからだろーが! このショタコン女!」


「よーしよーし、悲しいお知らせですが、今日が朝倉達也君の命日となりまーす」


昌は手をボキボキと鳴らしながら、達也の元へゆっくりと近づいて行った。


「おおい! なんで毎回毎回お前は暴力で俺を屈させようとすんだよ! そういうの良くないと思うんですヨネー!」


「実の姉に向かって、ショタコン女呼ばわりもどうかと思うけどねー…」


「分かった分かった、謝る謝る! もう言わないから! ホントにマジで!」


「無駄な命乞いするより、遺言残す方が幾らか有意義なんじゃなーい…?」


あわや達也が滅されるかと思われたその時、玄関の鍵が開く音がした。


「ただいまー。今日は誰かお友達でも来てるのー?」


間延びしたおっとり癒しボイスがリビングまで届いた。


「あ、なぎ姉、お帰り~!」


「ただいま昌ちゃん~。とりあえず、その振り上げた物騒な拳を下ろして頂戴~」


「わーったよ…」


すると昌は素直に振り上げた拳を下ろした。

達也は安堵した様子でそのまま床に寝転んだ。


「あらあらたぁー君、そんな所で寝転んでないで体を起こしなさい。寝るのならベッドで寝てね」


「いや、寝転んだっていうか、そこのアマゾネスに叩きのめされたというか…」


「おま、今なんつったかコラ? やっぱお前の命日は今日で決まりだわ…」


再び昌が下した拳を振り上げようとした時、昌の背後になぎ姉が忍び寄り、あっという間に腕を掴んだ。


「あ~き~ら~ちゃ~ん…」


「分かった分かった! もうしないから腕離して!! マジで折れるから!!!」


笑顔な事は笑顔だが、なんとも言えぬ圧を発している姿を見た龍乃心は、「やっぱり女の人って怖いな」と思わずにはいられなかった。


「んだよもー! なぎ姉、達也に対して甘くない!?」


「ふふふ、そんな事ないよ~。ただ、可愛い弟に暴力を振るうのは良くないと思うの」


そう言うとなぎ姉は、達也の傍に行き、何故か軽く達也の頬っぺたをつまみ始めた。


「たぁー君も、あまりお姉ちゃんの悪口言っちゃ駄目だからね~」


「…はい」


「はーい、分かれば宜しい~♪」


なぎ姉は、まるで小さな子供をあやす様に、達也の頭をよしよしした。

その様子を龍乃心はじーっと見ていた。


「な、なんだよ明空!」


達也は相当恥ずかしそうにしていた。


「たぁー君て呼ばれてんだな」


「言うんじゃねぇ!! 明空、頼むから学校で言いふらしたりすんなよ! 特に元治には絶対だ!!」


「分かった、たぁー君」


「もしかして俺今、明空にいじられてる!? 明空、お前そんな一面もあったのか!?」


「あら…? そういえばこの子はだぁれ? たぁー君のお友達…?」


「今更かよ! こいつは明空 龍乃心! 前話したろ? ロンドンから遥々越してきた転校生」


「あらー、じゃあその転校生がこの子なのね? 始めまして、私は朝倉渚と言います♪ この家の長女で、高校2年生…」


渚は、じーっと龍乃心の顔を見つめ出した。


「…えーっと…あの…?」


「噂には聞いてたけど…たぁー君に負けない位可愛い男の子ねぇ~♡」


「そこで俺の名前を比較対象に出すな…!」


すると、渚は龍乃心の手を取り、立ち上がった。


「ふふふふ、ねぇねぇお姉さんのお部屋に行って、一緒に遊ばない? ふふふふ…」


「いや…あの…」


「おいおい、なぎ姉! その子困ってんだろ、離してやれって!」


そう言って龍乃心から渚を引き離した。


「もぅ~、昌ちゃんの意地悪ぅ~」


「んなぶりっ子してんなよ! …ところで…」


今度は何故か昌が龍乃心の手を取った。


「あんなぶりっ子女より、あたしと一緒にゲームでもして遊ぼうぜ? あ、でももし君がその気なら、あたしだってやぶさかじゃないからな」


「揃いも揃って何してんだ、おめーら! どんだけ欲望丸出しなんだよ!! おい明空、こんな馬鹿共に構わねぇで、俺の部屋いこーぜ!」


達也は龍乃心の服を掴むと、そのまま二階の達也の部屋に向かっていった。


「おい、達也!! 邪魔すんじゃねー!! その子はあたしと遊ぶんだよ!!」


「違うわ昌ちゃん、あの子は私と楽しくお話するのよ!」


「うるせーわ、明空はおもちゃじゃねぇんだ!」


何はともあれ、龍乃心はなんとか解放され、達也の部屋の中に避難した。

部屋の中は、ゲームやら漫画やらレコードやらCDやらが、綺麗に棚に並べられていた。

部屋の広さも、龍乃心達が住んでるアパートの部屋全体と同じ位はあろうか。


「なんか色々あるな…」


「あはは、まぁ家じゃ一人で部屋に居る事が多いし、色々と買っちまうんだよ」


「買っちまうって、これ全部で幾らしたんだ…?」


「さぁ…幾ら使ったろうな? 中には父さんが持っていたものもあるし…」


「へぇ…」


すると、龍乃心は壁に貼ってある一枚のポスターをじっと見つめていた。


「どした?」


「いや、このポスター…」


龍乃心の指差すポスターは『BLACK LACKS』と言う名のバンドのものだった。


「明空、それ知ってんのか?」


「うん…俺の父さんがこのバンド好きなんだ。去年、ロンドンにもライブで来てたんだけど、俺も一緒に連れてかれてさ。まぁ良く分かんなかったけど、楽しかった気がする」


「へぇー、そうだったんか」


「達也もこのバンドが好きなのか?」


「まぁ好きっていうかなんつーか…」


達也は徐に立ち上がり、ポスターの中のボーカルを指差した。


「このバンドのボーカル、俺の父さん」


「………え…?」


予想だにしていなかった一言に、明空は目を丸くした。

※次の更新は08月31日(月)の夜頃となります。

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