25話 祭の前の静けさ
8月。
徐々にではあるが日が短くなり、日の入りが早くなりつつあっていた。
村に響き渡る茅蜩の鳴き声が、物悲しそうに夏が徐々に終わりを迎えようとしているのを知らせてくれている様だった。
しかし、この日は緑居村にとって、8月の一大イベント、「緑居祭」が催されるとあって、みんな朝からどことなくそわそわしていた。
老若男女問わず、みんなこの祭が好きなのである。
勿論、それは元治達も同様である。
龍乃心はいつものように朝の日課を終えて、家に戻り、ぽけーっとテレビを見ながら朝御飯を食べていると、朝っぱらから電話が鳴り響いた。
その日は、龍乃心の父親が朝早くから居なかったので、仕方なく龍乃心が電話に出た。
もっとも、龍乃心には電話の掛け主は分かりきっていたが…。
「…はい」
龍乃心は受話器を取り、やや不機嫌そうに答えた。
「いや、テンション! 今日はそんなテンションじゃダメだぜ?」
「朝っぱらからうるさいんだよ。今、まだ7時半だぞ? それにどうせあれだろ? 祭の事だろ?」
「そうそう、祭の待ち合わせの最終確認で電話したんだよ」
「昨日の夜も確認しただろーが。あれだろ? 18時に深緑神社の前で待ち合わせればいいーんだろ?」
「さすが明空! バッチリ頭の中に入ってるじゃんか!」
「いや、そりゃ何べんも電話掛けられて、何べんも聞かされりゃあ、覚えもすんだろ…。はい、じゃあもう電話はこれっきりな」
「待て待て、念のために、17時頃にまた確認の電話を…」
「なんでだよ、どんだけ集合が心配なんだよ。じゃあもう電話切るからな。今日はもう電話してくんなよ」
「おおい、ちょっとみよ…」
元治が喋り終わる前に、龍乃心はとっとと電話を切ってしまった。
「はぁ…祭ってそんなに楽しいかな…?」
龍乃心は、思わずそう独り言を呟いた。
食器を片付けると、龍乃心は玄関口に置いてある虫かごを開き、中のエサを交換した。
「ゴメンな、エサ後回しにしちゃって。今日も暑いから、しっかり食べろよー」
そう言いながら、龍乃心は乾燥した土に霧吹きをしてやると、そっと蓋を閉じた。
この間、元治達と山に行った時に、捕まえたカブトムシとクワガタを何匹か貰い、そのまま家で飼うことになった。
最初こそ「なんで俺、虫の世話してんだろう…」と思いながら世話をしていたが、段々と愛着が沸いてきたのか、割とこまめに世話している様子だった。
「あ、そうだ、日記つけないと…」
これは良い機会だと言う、龍乃心の父親の勧めもあって、カブトムシの観察を自由研究のテーマにして、毎日カブトムシ達の様子を記載していった。
その日の天気や気温・湿度、更には一日のゼリーの減り具合等、かなり細かく記載していた。
これを龍乃心は、朝晩欠かさずに書いていた。
「よし、終わった」
朝の日課が終わると、龍乃心は特にする事がなくなるので、父親から貰ったゲームボーイでテトリスをするのが恒例となっている。
ロンドンに居る頃は、殆どゲームをしたことがなかった事もあり、ゲームボーイなる素敵な機械に、龍乃心はすっかり魅了されてしまっているのだ。
気が付くと、時刻はもう12時を回っていた。
「もう昼か…。ご飯用意しなきゃ…」
龍乃心は名残惜しそうにゲームの電源を切ると、若干かったるそうな様子で台所に向かった。
丁度その時、再び電話の呼び鈴が鳴った。
「あいつもしつこいな…」
龍乃心は心の中で「どうせ元治だろ?」と思いつつも、一応受話器を取った。
「はい…」
「いや、だからテンション低っ!」
やはり電話の主は元治だった。
「もう今日は電話掛けてくるなって言っただろ? もう切るぞ」
「ちょーっと待て待て、夜の祭以外の用があって電話したんだって!」
元治の言葉を聞いて、受話器を切る寸前でその手を止めた。
「祭り以外って…?」
「今さぁ、俺の家に達也が来てんだけど、一緒に昼飯食わない?」
「…別に良いけど」
「じゃあ決まりだな! 俺んちで待ってっから、早く来いよ!」
今度は元治の方が一方的に電話を切ってしまった。
「…はぁ。でも昼ご飯作る手間省けたな…」
思わぬ利害の一致により、龍乃心は元治の家に向かうべく、家を出た。
すると、目の前の道を見慣れぬ美少女が浮かない顔をして歩いていた。
「誰だろう…?」
龍乃心も初めて見る顔だった。
表情は青白く、一見すると病的にも見えたが、美しい黒髪がその表情を美しいものへと引き立てていた。
龍乃心も若干気になりはしたが、元来人と積極的に関わろうとする性質でも無かったので、そのまま元治の家へと向かっていった。
※次の更新は03月16日(月)の夜頃となります。




