24話 真夏の虫捕り少年どもよ ~決闘~
十分な数のカブト虫やらクワガタを採取した3人は、その場を後にし、一旦下山して元治の家に戻る事にした。
「いやー、バナナトラップを作って仕掛けたの、今年で2回目だけど、去年の倍は採れたな!」
「去年は、ここいらも天候良くありませんでしたからね」
「ふーん、天気が悪いとあんまり出ないのか」
「まぁ雨が降ってると、俺達が外で遊ばないのと一緒だな」
「いや、全然違います。元治君と一緒にしないでください」
やがて山を下りて、元治の家に戻ってきた。
元治の家には、元治のおじいちゃんが来ていたらしく、虫取りから戻ってきた俺達を優しく出迎えてくれた。
「なんだ元治、友達と虫取りに行ってきてたのか?」
「うん! 見てくれよじいちゃん、今回はこんなにカブト虫達捕まえれたぜ!」
「ホントだな! 大漁大漁!」
外で戦わせると逃げてしまうので、家の倉庫の中で戦わせる事になった。
明かりをつけると、のこぎりやら木材やらが無造作に置かれていた。
「何か随分木材が置いてあるんだな」
「あぁ、父ちゃん大工だからな! 今は辞めちゃったけど、じいちゃんも大工だったんだぜ?」
「へぇー。元治も大工になるの?」
「いやぁまだわかんねぇなー。大工の仕事も見てると大変そうだし…。お、これだこれだ!」
そう言って元治が取り出してきたのは、丸太を切り出した様なモノだった。
「去年、元治君のお父さんに作ってもらった土俵ですね。取ってあったんですね」
「せっかく絵も色々描いたし、捨てんの勿体無くてさ」
確かに木の土俵には、お世辞にも上手とは言えない、独創的な絵が描かれていた。
「この上で戦わせんのか?」
「そうそう、お互いのカブト虫をこの白線の所に置いてと…。じゃあ試しに俺と春樹でやってみせるから、見ててくれよ」
そう言うと、元治と春樹は各々自分のカブト虫を白線の所に配置した。
互いの顔が見えないように、手でカブト虫の顔の方を隠していた。
「じゃあ俺の『カブト虫』の力、見せつけてやんよ!」
「ふふふ、僕の『デスカブトX』だって、負けてませんよ…」
「こえーな、その名前! 俺のカブ丸を殺す気満々じゃねーか」
「名前だけですよ。殺生なんてとんでもない」
「まぁいいや…。じゃあ行くぞ! はっけよーい…のこった!」
元治の合図と共に、二人はカブト虫を隠していた手を取っ払った。
互いのカブト虫は、目が合うや否や、猛然と相手の方に向かって行った。
そして、自慢の角が交わり、微かではあるが、「キシン!」という音が響いた。
「行けぇぇ、カブト丸! 角の長さならこっちが勝ってるぜ!」
「甘いですよ、元治君、角の優劣が全てでは無いって事を教えてあげますよ!」
2匹のカブト虫の息つく暇の無い攻防が続いていた。
「頑張れ、カブト丸! 角を相手の腹の下に差し込め!」
「ふふふ、そうはいきませんよ!」
するとどうした事か、元治のカブト丸は、自分から相手の角の上に腹を乗せてしまった。
「あれ、カブト丸!? お前何してんの!? そんなんしたら…」
「よし、勝負有りです!」
春樹のデスカブトXは、そのまま角を勢い良く上に突き上げると、カブト丸は為す術無く、持ち上げられてしまった。
「スゴイ!」
龍乃心は、思わず手に力が入り、興奮の声が漏れ出た。
そしてデスカブトXは、カブト丸を非情にも土俵の下に叩き落としてしまった。
「か、カブト丸ぅぅぅ!!」
「ふふふ、僕のデスカブトXの勝ちですね…」
「あーあ、負けちまった…。なんで相手の角の上に行っちまったんだ?」
「それはこれのおかげですよ…」
春樹は得意げな顔で、デスカブトXの角の辺りを指差した。
よく見ると、何やら良く分からないものが塗られて入れる。
「…これ何?」
「ふふふ、これの正体は元治君が今日作っていた、バナナトラップです」
「え、なんでこんな所にそんなもんがあんの?」
「ここにバナナトラップを少々塗る事によって、相手はその匂いに引き寄せられて、角しか見えなくなってしまい、先程の様に隙だらけになってしまうというワケです。実は、山を下りる際、密かに頂戴していました。まぁ完璧な作戦勝ちというワケですね♪」
「いやいや、要はそれズルじゃねーか! 何堂々と不正働いてんだ、おめーは!」
「ズルとは心外ですね、見事な作戦勝ちと言って欲しいもんです」
「どんな作戦!? お前、相撲で頭に食い物乗っけて、相撲取ってる奴なんかいねーだろーが!」
その後、元治と春樹は少々揉めたが、結局元治が春樹に言い負かし合いで勝てるはずもなく、渋々負けを認めた。
「じゃあ今度は俺と明空との勝負だ。戦いに出すカブトムシを選んでここに出してくれ」
「えーと…」
龍乃心は真剣な表情で、試合に出すカブトムシを選んでいた。
「じゃあ…俺はこれを…」
そう言って、龍乃心は白線の前に、何故かメスのカブトムシを置いた。
「いや、それメスじゃねーか! オスのカブトムシを出せよ!」
「いや…オスは…」
よく見ると、龍乃心の虫かごの中には、メスのカブトムシしか居なかった。
「明空、お前これ、メスしか居ねーじゃねーか!! オスはどこ行ったんだよ!」
「いや、角がちょっと…」
「お前どんだけカブトムシにビビってんだよ! 別に角で怪我なんてしねーよ!」
「メスだって戦ってみなけりゃ分からないだろ?」
「確かに…戦う前からあーだこーだ言うのは、武士道に反すると言えるでしょう」
「いや、角に食いもん乗っけて戦わせる様な奴に、武士道を説かれる筋合いねーから!」
結局、龍乃心はメスのカブトムシで戦わせる事になった。
「こんなん、戦う前から結果が分かり切ってるだろ…」
元治は半ば呆れながら、カブト丸を白線の所に配置した。
龍乃心もメスのカブトムシを、白線の場所に配置した。
「じゃあ行くぞ…はっけよーい…のこった!」
両者共、同時に手を引っ込めた。
すると、龍乃心のカブトムシは、カブト丸を見るや否や、物凄い勢いで突進していった。
そして、カブト丸はいとも簡単に吹っ飛ばされてしまった。
場外で、ひっくり返ったカブト丸は、悲しくもがいていた。
「あれ…カブト丸…?」
あまりに一瞬の出来事に、元治は言葉を失ってしまった。
「勝負ありましたね…。明空君の勝ちです」
「いやいや、なんだよ今の! すげー勢いでカブト丸吹っ飛ばされたんだけど! ホントにそれカブトムシか!?」
すると、龍乃心のカブトムシは急に背中の羽を広げて、元治にしょんべんをひっかけながら、電球の向かって飛んで行った。
「言いがかりすんなだってさ」
「おーい、ちょっと待てこのカブトムシ、絶対許さねーぞ!」
「元治君、殺生は良くないですよ。しょんべんをひっかけられた位でなんですか」
「いや、しょんべんひっかけられるって、そこそこ腹立つ事だから! おい、明空! 俺のカブト丸ともう一度勝負しやがれ!」
「別に良いけど…。また、俺のアマゾネスにぶっ飛ばされても知らないからな」
「なんかえらい物騒な名前がついてんですけど!」
すると、倉庫の扉が開き、元治のお爺ちゃんが入ってきた。
「ほれ、元治! お母さんがスイカ切ったから、食べなさい言っとるぞ。二人も良かったら、一緒に食べなさい」
「おー、スイカスイカ! よし、春樹、明空! ここは一旦休戦にして、まずはスイカを食おうぜ!」
「そうですね、じゃあご馳走になります」
「あ…その…すみません、俺もいただきます」
こうして、カブトムシがバナナトラップに誘われて木に集まる様に、3人もスイカという誘惑の名に誘われて、元治の家の中に入って行った。
虫かごに戻し忘れられたカブトムシ達は、扉が閉まった倉庫の中で、光に集い、壁に兜の影絵を描いていた。
そんな、或る真夏の日の出来事であった。
※次の更新は03月09日(月)の夜頃となります。




