2話 暴力じじい
明空親子が緑居村に引っ越してきて、翌日、龍乃心の父親は朝からバタバタしていた。
「じゃあ父さんは、そろそろ行ってくるから、何かあったらここの電話番号に連絡してくれ」
龍乃心は父親から、電話番号が書かれた紙っぺらを渡された。
「これ、どこの電話番号?」
「父さんの研究室の電話番号だ。まぁトイレ休憩以外は基本的に研究室に居るハズだから」
「フーン。了解」
「龍乃心は、おじいさんへの挨拶、頼んだよ」
「分かった。アパート前の道を真っすぐ行った所にある、道場でしょ?」
「そうそう、そこ。じゃあ行ってくるね」
そういうと龍乃心の父親はアパートを出て、どこかへ出かけて行った。
一方、ここはその道場がある敷地内。
そこには昨日、散々醜態を晒した元治の姿があった。
「おーい、辰じいーー!!」
元気だけが取り柄ですと言わんばかりの大声で、叫んでいた。
すると、築年数のそこそこいった大きな家から、いかつい爺さんが出てきた。
「なんだ、おめぇか元治。何しに来やがった?」
「それがさあー、例の度胸試しに行ってきたんだけど、あえなく失敗しちまってさー」
「失敗っつーのは、一体どうな風に失敗しやがったんだ…?」
「い、いや、その…飛び石から足滑らせて…川に落ちて…滝から落ちそうになったというか…」
すると、爺さんは元治の言葉を全て聞き終わる事なく、両の腕で元治の頭に対してグリグリ攻撃を仕掛けてきた。
「おめぇーはバカか!! 身の程も知らねーでクソみてぇな度胸試しなんぞしやがって!! 死にてーのか!!」
「ちょちょちょちょ、タンマタンマ!! 今まさに死にそうになってっから!! それにちゃんと助けてもらったから大丈夫だから!!」
「なぁにが大丈夫だ、バカヤロー!! 人様にまで迷惑かけやがって、このタコ!!」
「聞いてくれよ、そいつの名前が明空っつってさぁ!! すんげー運動神経で壁とかに腕一本で掴まったりとかしてよ!!」
「明空…? 今、明空っつったか?」
「うん、確か龍乃心…。え、何、辰じい知ってんの?」
すると敷地の入り口に噂の龍乃心が立っていた。
「…お前ら何やってんの?」
龍乃心はあきれ顔をしながら、こちらの方に歩いてきた。
「おー、明空じゃんか!! 昨日はホントにサンキューな!!」
「あぁ…えっと…ばかんじだっけ?」
「いや、元治だよ!! なんで「ば」を頭に付けたんだよ!! 絶対わざとだろ!?」
「なんとなくばかんじって感じだったから、そう覚えてた」
「おい、命の恩人は好き放題言っていいなんてルール無いんだぜ!! そこんとこ頼むな!?」
「ったくおめぇはホントにうるせぇな!! ちったぁ黙ってろ!!」
元治は爺さんから拳骨を食らい、ようやく黙った。
「おう、ロンドンからの長旅ご苦労だったな。いつ着いたんだ?」
「昨日の昼間…かな」
「そうかそうか、昨日の昼間か…」
そういうと、爺さんは玄関にあった竹刀を手に取ると、いきなり龍乃心に振りかかった。
「だったら、昨日のうちに挨拶来いやぁぁぁぁ!!!」
すると、あろう事か龍乃心は、この暴力じじいの渾身の一振りを両腕で見事にキャッチし、止めて見せた。俗にいう真剣白刃取りという奴である。
「…そっちが、今日で良いっつったんだろーが」
この刹那のやり取りを見ていた元治は、すっかり腰が抜けてしまっていた。
「すげぇ…明空の竹刀キャッチも…辰じいの頭のイカレッぷりも…」
「なーんか言ったか、クソ坊主…!!」
そう言って、爺さんが元治を人睨みすると、元治はすっかりビビってしまった。
「い、いえ…なんでもありません…」
「しかし儂の竹刀を止めるたぁー、中々成長してると見る。日々の鍛錬は欠かしてねぇみてぇだな」
「俺じゃなかったら、頭割れてたぞ」
「馬鹿もんが、儂が誰彼構わず竹刀振り回すとでも思ってんのか?」
「…」
「はは、口数が少ねぇ所は相変わらずだな」
「あの…明空と辰じいは知り合いなの?」
ようやく元治は会話に入る事が出来た。
「そういうおめぇらこそ知り合いだったのか」
「あの、昨日俺の事を助けてくれたのが、明空なんだよ」
「なんだそういう事かよ。龍乃心は、儂のひ孫。つまり儂は龍乃心のひい爺さんって訳だ」
「明空が辰じいのひ孫!!? …通りで身体能力がぶっ飛んでるわけだ…」
「別に儂が龍乃心を鍛えたわけじゃねーぞ。こいつの師匠はこいつの祖父だ」
「つまり…辰じいの息子…?」
「おい…余計な事言わなくて良いよ…」
「明空…?」
一瞬、龍乃心の顔が曇ったが、その理由を元治が知る由も無かった。
「じゃあ…俺、帰るから…」
「え、おい明空!」
元治が引き留めようとするも、龍乃心は意に介さず敷地の入り口へすたすたと歩いて行った。
「おい、龍乃心!!」
龍乃心が振り返ろうとするや否や、なんとじいさん渾身の一振りが明空の額を直撃した。
そのまま、明空はその場に仰向けで倒れてしまった。
あまりに一瞬の光景に、元治はただただアホ面を披露する他無かった。
「辰じいいいいいいい!! あんた、何やってんだぁぁぁ!! ひ孫を殺す気かよ!! つうか不意打ちとかきたねぇよ!!」
「馬鹿垂れ、こんなじゃこいつは死なねぇよ!」
元治は慌てて龍乃心の元へ駆け寄った。
「お、おい明空、大丈夫かよ!? 血とか出てないコレ?」
すると龍乃心はむくりと起き上がり、仁王立ちする爺さんの顔をぼおーっと見つめていた。
「良かった、生きてたか!」
すると突然龍乃心は起き上がり、鬼の形相で爺さんに襲い掛かろうとした。
「てんめぇぇぇ、クソじじいぃぃぃぃ!!! 何後ろから不意打ちしやがんだ!! ぶっ殺してやる!!」
「ちょちょちょ、落ち着けぇぇぇ!!! アレ、なんかキャラ変わっちゃってっけど、大丈夫コレ!? 頭やられた衝撃で性格変わっちゃった!?」
「何言ってやがんだ、油断してんのが悪ぃんだろーが!」
「やっていい事と悪ぃ事があんだろうが、このクソボケ老人!!」
尚も襲い掛かろうとする龍乃心を、元治が必死に抑えていた。
すると、爺さんは龍乃心の元へ行き、そっと頭に手を置いた。
「…あんまり龍吾の事、引きずり過ぎんじゃねぇ。前…向けよ」
するとついさっきまで猛獣同然だった龍乃心は、一気に大人しくなった。
そして、そのまま身を返して敷地から出て行った。
「明空…」
状況の掴めない元治は、龍乃心の背中を見送るしかなった。
「まぁそういうこった、元治。龍乃心の事、頼むぜ」
「いや、「そういうこった」って、どういうこった! なんの状況も掴めてないんだけど!」
「うるせぇ、それ位自分で考えろや!」
「え、そんなぶん投げ方ある!? あ、ちょっと待てよ、明空ー!!」
慌てて、龍乃心の後を追いかける元治の後ろ姿を、爺さんは笑いながら見守っていた。
風が強くなり、辺りを吹き付け始めた。
「風が強くなってきたな。とっとと中に入っか」
少し荒々しい5月の風が元治にも追い風となって吹き付けた。
それ早く追い付けと言わんばかりに。
※次の更新は9月16日(月)の19時頃となります。